r.short
背中に想うH ありがとう
「じゃあね、ツっ君。今日はありがとう」
「こちらこそ。また明日」
「うん、また明日」
明日も会えるんだよね、嬉しいな。ふわりと微笑む京子ちゃんは本当に可愛い。玄関のドアが閉まるまでばっちり見送り、踵を返した瞬間にヘニャリとだらし無く緩む俺の頬。
俺幸せだ!明日もだなんて本当幸せいっぱいいっぱい!
「本当だらしねぇな」
「本当に。風紀を乱すなら噛み殺すよ」
「やるなら是非場所を変えて欲しいわ、恭弥さん。ここの地区、あたしの管轄なので」
ん?
「うわぁああ!?
なんでリボーン!?って雲雀さんに由芽まで!?なんで!」
路地を曲がった途端に黒い人影から小言を言われ、よく見れば神出鬼没のリボーンだけじゃなくて。
びっくりだよ。
「久しぶりね、沢田」
「あ、うん、この前イタリアで会ったっきりだもんね。元気そうでよかった」
由芽は一年くらい前までは俺達ボンゴレの一員だった。
黒いスーツを着ていた彼女を見慣れていたから、風紀財団に引き抜かれた後に仕事で会った時、ワンピースにジャケット姿の由芽にすごく驚いた。
今日もスーツ姿の雲雀さんに対して由芽は裾の広がった白いワンピースにジャケットを羽織っていて思わず目線を奪われたんだけど。それより、なんだか‥。
「‥‥笹川京子の帰宅確認。
今日は笹川了平も在宅。
ってことで雲雀、あたしは帰ります」
「ご苦労様。後でね」
(‥!?‥‥うえぇええぇ!?
ちょっとここ公の道なんですけど!?)
「沢田‥リボーンさんも、また」
「おう、また明日な」
「じっじゃ、‥じゃあ‥」
あまりの光景に俺は完全に吃る。
だって!あの雲雀さんが‥きき‥キ‥キスだよ!?
しかも、なんだあれ。
そっと引き寄せて一瞬触れるようなキス。そのまま由芽はさらっと長い髪を靡かせて行ってしまった。慣れてる感じ!?
そ‥そういえば、彼女「恭弥さん」って呼ばなかったか!?
「風紀財団は日本でのボスとその取り巻きの身辺警護を任されているとはいえ、沢田には赤ん坊がついているなら問題無い。出来れば僕も帰りたいんだけど」
「そう言うな、雲雀。
せっかくだから寄っていけ」
「ちょっとリボーン!?」
リボーンに雲雀さん。
最凶過ぎてどこぞのファミリーに命狙われるより緊張する。
3人で歩きながらぽつぽつと話して、わかったのは、由芽は京子ちゃんの身辺警護を任されているってことと、彼女の話をする雲雀さんが、なんとなくいつもと雰囲気が違うこと。
「あ、あの雲雀さん!」
「何」
「由芽とは‥その‥えっと」
「はっきりして」
「はいぃぃ!
由芽と雲雀さんは付き合ってるんでしょうかっ!?」
「付き合ってる、ね。また随分とお子様だね」
「仕方ねぇ。ツナだからな」
「馬鹿にしてるだろ!」
お子様って!
俺だって京子ちゃんと付き合い始めたんだからな!‥やっと、だけど。もうお子様じゃないはず!
「由芽は僕のものだから、手出し無用。例え赤ん坊でも」
「ふん」
「へぇ、って‥えぇええぇ!?」
僕のものって何!?
あいつそんな風に想われちゃってるわけ!?
「そんな!雲雀さん!ひど‥‥」
抗議しようとした俺の声は、途中で消えてしまった。
なんでって、その時の雲雀さんの横顔が印象的だったから。
俺の超直感ってやつかもしれないけど、抗議する必要はないんだって思った。
俺と京子ちゃんにはまだない何かが、雲雀さんと由芽にはあるって。‥お子様って俺が言われるのも仕方ない気がした。
もやもやした。
「おい、ツナ!何ぼーっとしてやがる」
「‥‥えっ?」
「‥沢田。
言っておくけど、彼女がまだ自分を好きだなんて自惚れない方がいい。それから。もし手を出すようなら、手加減なしに噛み殺すよ」
雲雀さんの言葉がショックだった。
一年前、由芽の想い人は俺だって雲雀さんは言った。
俺は、京子ちゃんのことが好きだったし、受け入れられるわけなくて‥っていうか、初めてそれを知ってただただ驚いた。
でも、思い出したんだ。
リボーンに出会う前のこと。
由芽とはクラスメートだった。ダメツナと秀才美人。もともと誰にも媚びない彼女だったし、授業とか行事でもない限り接点がなかったのは当たり前なはずなのに、由芽は全然気取ってなくて、俺を馬鹿にしたりダメツナなんて言わなかった。むしろ、フォローしてくれたりして皆と対等に以上に接してくれてた。
それから、授業中の、凛とした姿が綺麗で、だけど実は時々うとうとしてたり‥って‥俺、あの頃あいつのことばっかり見てたんだな。
並中のアイドル、京子ちゃんにずっと憧れていたけど、初恋は‥由芽だったのかもしれない。
由芽はいつから俺を見てくれてたんだろう。
リボーンと出会う前のダメツナの俺を、好きになってくれてた?
‥それはさすがに自惚れかな。
あの日。
屋上で、背中合わせに空を見た。
リボーンと出会ったあと、急にいろいろ巻き込まれ始めた俺はちょっと混乱してて。一人で空を見て考え込んでた。
そんな時、彼女の「よかったね」って言葉に、俺は励まされたんだ。
なんで俺の求めてた言葉がわかっちゃうんだろう?って不思議だった。
あんな人に愛される相手は幸せだろうなって羨ましく感じた。
あ。‥愛?
そっか。
それを雲雀さんは手に入れたのか。
さっきの二人は、俺と京子ちゃんみたいな甘酸っぱい不安定なものじゃなくて、もっと絶対的な何かを感じさせた。
悔しい。
でも、それは由芽を取られたからじゃない。
(俺は京子ちゃんが大好きだから)
あんな素敵な女性、雲雀さんなんかにもったいない!
由芽は幸せになるべきだから、だ。
「雲雀さん、彼女を傷付けたら俺が黙ってませんから」
「言うようになったじゃないか、お子様のくせに」
お子様はお子様なりに、雲雀さんが羨ましくなるくらい青春を謳歌してやろう。
俺と京子ちゃんは確かにまだ可愛らしい恋でしかないけれど、
いつかは。
そして、
優しい君が愛に包まれて幸せになれるように、祈るよ。
ありがとう。
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