ホスト、同士?

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俺は、お前に幻想を抱きすぎていたのかもしれない。


あの夢の先まで 5
 

 
「…金!金時だろオメェ」
 
仕事ではなかったから、車に乗っていたのだった。仕事の場合酒が入るので、まず自家用車で通勤をする事はしないという事は分かっていてもらわねばならない。
今は仕事でなく、買い物などの所用があって自家用車で六本木へと来ていたのだった。

そして、駐車場にて車に乗り込もうとした所を、懐かしい声に呼び止められたのだ。記憶にあるよりも僅かに落ち着いた声音を振り返ると、派手な雰囲気の男が近づいてくるのが目に入る。片目を眼帯で覆ったその男が記憶の中の姿と重なった瞬間、思わず声が漏れた。

「っえ、高杉先輩じゃん…!目、どうしたワケ」
 
「久方だってのにいきなりそれか?先にもうちっと再会を喜ぶか何かしたらどうだ」
 
可笑しそうに笑って見せた男は、シルバーの腕時計をはめた手で小さく頭を小突いてきた。その目は有らぬ物に隠されている。
 
「まさかいい年してまだ喧嘩やってんのかよ?」

「そう言ってくれるなや。性分だ」 

中学時代に散々につるんでいた彼の姿に、つい口調も軽いものになった。全く、この男ときたらことあるごとに人を小馬鹿にしたような態度を取るものだから、昔から喧嘩ばかり売られていたのを覚えている。いや、むしろわざと喧嘩を売らせている節があり、兄貴と呆れ返っていたものだ。

まあ、そんな悪癖もあるとはいえ、俺や銀時に売られた要らない喧嘩まで引き受けてくれたりもして、年上ながらも敬語を使うには余りに知れた間柄であった。現在はうちの兄貴と胡散臭い商売をしているらしいと聞いている。

もう五年近くなるだろう。あまりに久しぶりであるが、容姿も話しぶりも、最後に彼と会った大学時代の姿と大差が無く、何とも若い。まあ、少し大人びたようだが、大体が喧嘩などをせずに黙っていれば昔から大人っぽい奴だった。

「先輩、全っ然変わんねーな」

「オメェは随分大人っぽくなったじゃねェか。つか、歌舞伎町でナンバーワン張ってんだってなァ」
 
兄貴に聞いたのだろう。いや、聞かなくともこの男には歌舞伎町の事情など全て筒抜け、かもしれない。

そう考えて思わず苦笑が漏れる。

とかく、遊びが派手な男である事だけは経験上確かなのであった。恐らく今も新宿や六本木に入り浸っているのだろうという事は想像に難くない。

「んー…ま、一応ね」

「ったく、もはやどっちが先輩だか分かんねェな」

「何がだよ?」

開けかけていた車のドアをバタンと閉めて向き直ると、高杉はククッ、と懐かしい笑い声を上げた。続いて、ポケットに突っ込んだままだった片手を徐に突き出した。その指に挟まれた紙に強い既視感を覚える。

「今、こういうシゴトをしてる」

反対の手がピン、と一度弾いたその名刺を見て、驚きと納得が一時に頭に流れ込んできた。

「うっそ先輩、同業やってんの」

彼は、その名刺を俺の胸ポケットにすっと落とし入れた。

「ま、そういうこったな。その店は最近だが」
 
そりゃあ、この人ならば何の不思議もないのではあるが…、でも彼は確か、

「兄貴と万事屋出してんじゃなかったっけ?」
 
「…あァ。そうだが、暇だからバイト入りだ、週三でな」
 
回答までに一瞬の間があったのが少し引っかかったが、その表情は一切変化が無い。昔から、どうも何を考えているのか分からない節がある。

「へェ、冷やかしにでも行こうか?」

「新宿No.1がかよ?そりゃ助かるな」

冗談めかして言うと、高杉はニヤリと笑った。この業界は同業者同士の仲が良く、縦横の繋がりもかなり重要な点を占める。有名店の代表などと知り合いである事は、同業者の中では大事なステータスとなるのだ。言うのも何だが、況してや俺が相手の場合などは結構な自慢になるらしい。

「明日、21時からラストまで入ってんだが来るか?」

「アフター入んなきゃ行ける。ま、連絡するよ」
 
「あァ、良いオンナ連れて来いよ?」
 
「バーカ、俺の客だぜ」
 
同業回りなんてのは仲の良いこの業界だからこその風習であり、ホストが別のクラブなんかに顔を出す事を言う。だが、大概のクラブは男性のみの入店が禁止になっているので、女性(殆どは客だ)を連れて行く事になるわけだ。

「ンな事ァ分ァって…、」

言い掛けた高杉が、ふと口を噤んだ。低い振動音が携帯の着信を知らせている。それをポケットから取り出した高杉は、メールを確認すると一度携帯を閉じて、携帯を手にしたまま、軽く手を上げた。

「悪い、もうちょい話したかったんだが」

大方…というか間違いなく客だろう、バイト入りだというのにご苦労な事だ。しかし改めて思うが、ホストほどプライベートを割く仕事も珍しい。色営なんかやっている者だとますますそうだ。色恋営業、つまり「疑似恋愛」の駆け引きだが、それをマトモにやろうとすると何処までが仕事なのか本人にすら境が分からなくなる。

「おっけー。先輩、ホストならそれ以上顔に傷とか付けんなよな」
 
「おうよ、連絡待ってんぜ」
 
ニヤッと上げた口元で踵を返すと、高杉は再び携帯を開いてメールを打ちながら歩いていった。
 
昔の友人に会うというのは概して気分の高揚するものだ。それが特に親しかった者の場合尚更である。
俺もその例に漏れず、乗り込んだ車中で、Shin、と記された名刺を取り出して、どのお客様を連れていこうかと考えながら、その店の場所を確かめた。
 
 
 
 
 
*
 
 
 
 
 
「どしたの、金ちゃん?」
 
隣に立つ女が、訝しそうに問い掛けた。最終的に彼女に決め、同業行かない?、と誘うと二つ返事でOKをもらえたのだった。そして、例の店の前までやって来たのだが、ぴたりと足を止めざるを得ない事になったのだ。
 
「…いや、ごめん。ちょっと知り合いに似ていて…」
 
 
訪れたクラブの入り口で、有らぬ物を目にしてしまったのだ。最も大きいサイズで掲げられたその写真、
 
あまりに似ている。
 
…だが、この業界での写真なんて、光の修正などを行ってなかなかと綺麗に仕上がるものだ。と言って…いや、やはりそれにしたって、似すぎているのだ。

 
 
彼、に。

 
 
銘打たれたToshiという文字にも心当たりがない訳ではない。

美しい貌をした彼女は、人工的な睫毛を瞬くと、人為的に描かれた眉をひそめた。

「え?ホスト同士なら、知り合いでも何もおかしくないんじゃないの?」
 
ドキリ。

何気なく放たれた、ホスト同士、という言葉に心臓を鷲掴みにされたような動揺を覚えた。
 
ホスト、同士?
違う。
違う!
彼は、俺と同じ世界の住人ではない。もっと…もっと、違う。そう、ずっと憧れだった世界の。
 
 
「行こ、金ちゃん」
「…ああ、ごめん」
 
 
どちらにしろ店に入るより他の選択肢などない。
女にさりげなく気を配りながら階段を降りれば、割と落ち着いた派手すぎない内装と、出迎えのホストが目に入る。

俺を見るなりもしかして金時さんじゃないですか、などと言ってくるその中には、彼はいなかった。


「待ってたぜ、」

席に通されると、場内指名などするまでもなく、すぐに高杉がついた。白のスーツにバイオレットのシャツからアクセサリーを覗かせ、そして相変わらず眼帯を付けている。連れてきた女が、物珍しそうに眼帯の事などを聞いていた。そりゃ眼帯をしたホストなんて普通見かけやしないだろう。

その隙にちらりと店内を見渡すも、決して明るくはなく、見通しもきかない状況では、ちょっと見た程度で人を探すのは難しい。


「なあ、先ぱ…晋サンさァ、ちょっと聞いて良い?」

尋ねずにはいられなかった。

「何だよ?」

「此処のナンバーワン、今いる?」

「…トシ、さんかァ?」

尋ねた瞬間、高杉が探るような目つきでこちらを見たように思えた。続いて左手首のブルガリの時計に目をやる。

「…まだいるんじゃねェか?ただ、あの人ぁ早上がりだからなァ…」

「早上がり?」

「本職あっから、平日はラストまではいねェんだよ。稼ぎ頭だからって特別扱いだぜ?ったく…」

高杉がぼやいた。ホストが別のホストの悪口などを言うのはご法度であるが、それより気になる事があった。

「本職…」

昼の仕事を、やっている。
その事実は、やはり彼なのかもしれないという疑念を煽る。

「呼ぶか?つっても、火曜はトシさんに指名入れてるお客さんが多いんだよなァ…」

「いや、忙しいとこ呼ぶほどの事じゃないから大丈夫」

「そうか。で、何でだ?やっぱりナンバーワン同士の付き合いっつーもんがあんのかァ?」

「金ちゃんの知り合いなんだってよ?」

揶揄うような笑みを湛えた高杉に、焼酎のグラスを傾けていた彼女が口を挟んだ。

「知り合い?」

瞬間、高杉の瞳が、声が、はっきりと鋭さを持った。

「オメェ、アイツの知り合いなのか」

…アイツ?
昨日、「この店は最近だ」と言っていた筈だ。新入りが店の代表をアイツ呼ばわりだなんて。

訝しく思いつつも肯定の意を示すと、意外にも

「…そうか」

の短い一言で、その話は終わりになった。
あとは、とにかく彼らと飲んで喋っていた。この二点で同業には負けられない。意地とプライドというものがある。

 

それで半刻ほどした所だろうか。
トイレに立った折、故意でなく、見てしまったのだ。




 
よりによって、うちの店で俺を指名しているそのキャバ嬢と。
音の溢れる店内で、たった一瞬聞こえた短いやり取りが耳に突き刺さり、チラリと視線を投げてしまった。

 
 

黒地のストライプスーツに、普段と印象の違うヘアスタイル。
シルバーアクセサリーは控えめながらもきちんと色を主張する。


一際輝く彼は、隣の女に微笑んで。
見送りついでに帰るのだと。
 
本当はもっと一緒にいたいんだけど、という何処かで聞いた台詞。
仕事ばっかりだよねー、寂しいし別店行っちゃおうかなー、なんてふざける彼女の肩を抱いて言う、

「おいお前、俺の女だってこと忘れてんのかよ?許さねえっての」

というのは初めて聞いた口調。
別にそんな軽い色営、一切やらない者なんて多くない事は分かっているけれど。
 
そんな喋り方、するんだ。

知らなかった。


聞いた瞬間、彼を引き剥がしてやりたくなった。
俺の指名客を取られるのは気に入らない。


いや…、違う。
そうじゃない、逆だ。


お前、そいつに…土方に近づく資格無いよ。


…女性に対して此処まで腹を立てた事があったか?
自分を諫めようとするも止まらぬ感情。

うちの店にも顔出してんじゃん。大方他店にも行ってるんだろう?
土方にそんな事言われる資格、ねーよ。
彼は、俺やお前とは違う…


…違う、か?




傑出した容姿、
気配りが上手、
巧みな話術で、
センスも良い。

ああ、彼は。
 
 
ホストと何が違ったんだっけ?

 
 
 
 
痛い。
何がこんなに心を乱すのだろうか。

彼がホストをやっていたことか?副業をやっていようが、俺の認知すべき事じゃないというのに。俺が、憧れの世界にいる人間として、彼に夢を抱きすぎていたのだ。
しかし、俺の目が映していた虚像が壊れたからって、実質、何も変わっていない。そうだろう?そんな事…。

他にあるだろうか?
意外だった?驚き?見たことの無い出で立ちをしていたからか、聞いたことの無い口調で話していたからか、俺の指名客に気に入られている事への嫉妬か。

嫉妬?そう、それが一番近い感情かもしれない。だが、その対象は…、


彼が女に見せたその甘い表情に、嫉妬したのではなかったか。


俺は、何を。




 

気分が良くない。
 
久しぶりに飲みすぎたのだろうか。コールをされた訳でもないのだが、同業者と飲むとやはり度を越してしまう事が多い。
 


抑えられない吐き気に、トイレで少し吐いた。
席に戻ったら、またいい顔をして酒を飲もう。





席に戻る時には、当然彼はもう居なかった。
 
 
 
 
 
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