果たされぬ約束

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また、来週にでも。


あの夢の先まで 4
 

 
「それじゃ、もうそろそろお暇させて頂きます」

「ああ、もうこんな時間…」


敬語調こそ崩さないものの、幾分気軽な声調で、土方は上着をすっと羽織った。淡青の地に銀糸の織り柄の入った高級感のあるネクタイがグレーのスーツにぴたり合っている。

本当、いつ見ても彼のきっちりとしたスーツの着こなしはさり気なく、それでいて完璧だった。
 

 
あの日の翌日、俺は早速この土方という男に連絡を取った。やはり礼となると食事でも奢るのが一番手っ取り早く似合いであると思って、それを告げるために。しかし男は、その店の名を聞くや

「そんな高級なお店、払って頂くわけにはいきません」

と譲らない。
俺は貴方のお陰で今生きているんです、これくらいの事はさせて下さい、結構です、そんな事をされては此方も申し訳が立ちません、などと、その独特の低い声としばらく問答を繰り返した結果、結局、個人経営の静かなカフェで落ち合う事になったのだった。

そして、それは一度では済まなかったのだ。
 

何と言ったら良いのだろうか。
端整であるだとか、センスが秀逸だとか、キャリアだとかそういう以前に、彼は人間として十分に魅力的であった。

例えば、食事をするまでは、一度しか会ったことのないエリート掛かった人間と二人で食事など、普通ならば何度も会話などが途切れてしまうに相違ないと考えていた。そこはホストである俺がフォローして場を和らげれば良いと思っていたのだが、実際に話をしてみると、No.1ホストとして折り紙つきの話術を持つ俺ですら思わず感嘆したほどの聞き上手、話し上手であったのだ。

特に聞き方の上手さといったら一般人とは思えないほどで。微笑を絶やさずに真直ぐに目を見て、一言一言に対し顔を傾けては相槌を打ち、時に先を促す様…不届きながら、まるでキャリアの同業を見ているかのようであった。
 
これならば確かに仕事も出来るだろう。
この話術に加えて容姿や身なり、所作に至るまで抜きんでているとなれば、商談など持ちかけられたら理由なくして断る気などは起こさせない。
 

とにかく、その男と食事をして、それが楽しいと思ってしまった。もっと長い時間を過ごしていたいと。
 
そんな訳で、一度きりのはずの彼との会食は、支払い形式を割り勘という形に変え、幾度も続けられていたのだった。恩人と被救者の関係から対等な友人のような関係になってしまったので、本末転倒と言われればその通りなのだが。有体に言えば、馴れ合いという奴か。
 
しかし、回を重ねるごとに彼が魅力的な存在である事がますますはっきりと分かるにつれ、俺はますます本業がホストだなどと言い出しにくい状況に追い込まれていった。キャリアから見た俺たちがまともな職業と思われない可能性は充分にあり得る。
 
まあ、プライベートに関しては互いにそこまで踏み込んだ話はしなかったし、言わなければならないという事も無かったのだ。むしろ、このまま言わずに過ごしてしまおうという思いが強かった。
 
 

この人には、呆れられたくなかった。
失望されたくもなかった。
…もう、そのような思いは。
 
 
 
後から考えれば、俺の考えは誠に甘いものであったのだ。自分の事ばかりで、相手については何一つ疑いの眼差しで見る事も無かった。
 
信じられる人間だと。
心から、そう思っていた。
 

「本当はもっと居られたら良いんですけど…。また来週にでも」

「勿論。では、お気をつけて」

「そちらこそ」


そして、その日も、いつも通りの約束をしたのだった。
此れが果たされないなどとは思いもしなかったが。

それも、きっと、お互いに。
 
 
 
まったく、とんだ茶番を演じていたのだ。


似ても似つかないと思っていた。
違う世界に生きていると思っていた。
 
 
何処までも甘かった。 
 
 
 
似ても似つかないどころか、実際、彼が俺にそっくりなことと言ったら無かったのだ。


 
来週と約束をしたにもかかわらず、次に彼に会ったのはその三日後、彼などがいるはずのない場所に於いて、であった。
 


JR新宿駅の東口を出て、

その先に在るのは…国内有数の、歓楽街だ。
 




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