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短編集・読み切り



 でもどれだけ粘膜を擦り合わせてもまだ

足りない。

 体が、本能が、もっともっとと欲する。

 酸欠でクラクラしながら唇の隙間から熱

っぽい息を逃がすと、重力に引かれて唇で

受け止めきれなかった唾液が口の端から零

れた。

 “勿体ない…”と思った瞬間に意識が引

き戻されて、同時にズボンの前を押し上げ

る自身の切ない熱を自覚した。

 擦るどころか触れられてもいないのに、

窮屈そうな股間の熱は島崎を笑えないくら

い張りつめている。

 最初こそオレに噛まれるんじゃないかと

怯えているようだった島崎が自分からオレ

の口内を味わい始めた時の鼓動の高鳴りは

実に鮮やかだった。

 島崎が欲しがっているのは体だけではな

いんじゃないかと錯覚させるような、幸福

な陶酔。

 プライドとか駆け引きとか、そんな煩わ

しくくだらない物を捨て、触れ合うことが

快楽か否かで答えを出してしまえばいいじ

ゃないか…そんな短絡的な考えが一瞬頭を

掠めた。

 そのほうがずっと簡単だと。

 オレの口の端から零れた唾液を丁寧に吸

い取った島崎は、角度を変えてもう一度唇

を重ねてこようとした。

 オレが顔を背けたから唇が触れることは

なかったけれども。


「ミツ…?」

「もう、ダメ」


 首を傾げる島崎から視線を逸らしながら

擦れた声で返す。

 目を合わせられない。

 真正面から見つめられたら、もっとキス

したくてたまらないのを島崎に知られてし

まうような気がして。


「なんで?気持ち良くなかった?」


 唐突にキスを拒んだのは不自然だったら

しく、まだ名残惜しいように顎に触れたま

まの島崎の指が唇の淵を撫でる。


「次にキスするときは、島崎の“好き”が

 ハッキリしてから」


 キスなんてただ唇を合わせるだけのもの

だと思ってた。

 そんなもの一つでキャーキャー騒ぐクラ

スの女子の心理なんて理解できないと思っ

てた。

 だけど島崎の唇を、体温を、吐息を知っ

て理解する。

 それは特別なものだと。

 幸福な錯覚さえ引き起こしてしまうキス

をこれ以上続けるのは危険だ。 

 島崎への気持ちが自分ではどうしようも

できないところまで進んでしまう。

 それはオレ自身を護る為に必要なことだ。


「やめて、いいの…?」


 島崎本人の為というよりオレの様子を窺

うような言葉が降ってくる。

 物欲しそうな態度なんてとってないのに、

と思ったところで島崎の遠慮がちな掌がオ

レの股間にそっと触れた。

 驚いた体が微かに震え、思わず顔を上げ

てしまったオレは熱っぽい島崎の視線に絡

め取られてしまった。

 “何すんだ”いつもならすんなり言える

その一言が言えない。

 掌を退けろとも、かといって動かせとも

言えない。  

 火照った体は快楽に従順になりさえすれ

ば簡単に熱を放出できるだろう。

 けれどこの熱を手放すと同時に自分自身

の目からも隠しておきたい大事な気持ちま

で切り捨ててしまう様な気がする。

 それは嫌だ。

 一時の快楽の為に大事なものを蔑ろにし

て、この先ずっと悶々とするなんて耐えら

れない。

 なのに…。


「ぁっ、やめ…ろっ」


 島崎の指先は股間の熱に沿わせるように

してゆっくりと上下する。

 パジャマ越しにクッキリと浮かび上がる

その形は火照った頬や潤む目元を見られな

くても容易には引かない熱が体に籠ってい

る事を島崎に教えてしまっていた。

 布越しの刺激すら今の股間には毒で、股

間は島崎の思惑通りに反応してしまう。

 その手を止めたくて島崎の手首を掴むけ

ど、思ったように力が入らない。


「ぁ…ゃっ、パンツ汚れるっ」


 体の熱と理性の板挟みにもうどうしたい

のかもわからなくなってうわ言の様に口走

った。

 汚れるもなにも島崎に擦られたせいで先

端は雫を滲ませているから今更なのに。

 しかし思いがけず島崎を止める効果はあ

ったようで、布越しに擦っていたその手が

そっと離れた。


「手でして欲しい?

 それとも口の方が好き?」


 島崎にはしてもらわないという選択肢な

んて最初からないみたいにズボンごと下着

に手をかけた島崎がそう尋ねてくる。

 しかし島崎の望みがその先にあるのは分

かっているし、それが無理だと分かってい

るから島崎にしてもらうのは困る。





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あきゅろす。
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