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短編集・読み切り



 後から聞いた話だが、父にはいつも会っ

ていた叔父とは別にもう一人弟がいたらし

い。

 父や叔父と同様に医学部を卒業したらし

いが、アパレル関係の仕事に就きたいと祖

父と対立し家を飛び出した。

 そして祖父が嫌厭する夜の世界で働いて

いた女性と入籍する際に挨拶に訪れて絶縁

を言い渡されたらしい。

 まさに自分の生きたいように人生を謳歌

している人のようだった。


 そんな彼の言葉はガチガチに凝り固まっ

た考えだった私には目から鱗で、祖父に何

時間も叱責されるよりたった一瞬の邂逅が

一歩前へ踏み出す力をくれた。


 冬休みの間に悶々と考え抜いた後、両親

に頭を下げて塾に入れ直してもらった。

 春からは学校に復帰することも約束した。

 幼いながらに色々と考えた末、とにかく

いつかやりたいことができた時にできるよ

うにしておきたいと思ったからだ。

 勉強はテストでいい点数をとるためにや

るんじゃない。

 いつかやりたいことができた時に選択肢

を多く持っておく為に、両親に叱られない

為ではなく自分自身の為にするのだと気づ

いた。

 4か月分のブランクを取り戻すのは正直

辛かったけれども、それでも自分の未来の

為だと思えば頑張れた。

 ここで挫けたままにしたら一生悔いが残

ると思って歯を食いしばった。


 その結果、中学3年の春に復帰した私は

ぐんぐんと成績を上げていった。

 以前私をターゲットにしてきたいじめグ

ループのメンバーも受験を見据えて内申書

に響くことを恐れたのか、そこまで悪質な

ことをする勇気はなかったらしい。

 私自身も勉強に必死でそこまで気にする

余裕もなかった。

 高校受験では辛くも第一志望を逃してし

まったが、それより少しランクの低い滑り

止めに合格。

 大学受験では見事第一志望の医学部に合

格する事ができた。

 医学部を受験したのは両親や祖父母の意

向を尊重したわけではない。

 ちゃんと考えて、それでもやはり自分で

医学の道を歩みたいと思ったからだ。

 昔に叔父が何気ない言葉で雁字搦めにな

っていた私を救ってくれたように、苦しむ

誰かの手助けができたらという考えも頭の

片隅にはあったかもしれない。

 かくして私は医学部を卒業後、医師免許

を取得した。

 2年の研修医期間を経て、一番下の叔父

の経営する個人病院に精神科医として勤め

始めてさらに2年。

 大学を卒業後も資格取得の為、あるいは

臨床研修の為にずっと勉強に明け暮れてき

た。

 精神科医となった今でさえ、診察時間終

了後の勉強会や病棟巡回は当たり前。

 外来診察と病棟巡回を往復している間に

昼食を食べ損ねてしまうことも多く、勉強

会の後で出前を注文し病棟巡回の合間に済

ませて帰宅は日付が変わるかどうかという

毎日だ。


 今夜も日付がそろそろ変わろうとする頃

に仕事を切り上げ、一週間が終わった解放

感と疲労感とで院内の戸締りをして帰ろう

と…していたはずだ。

 それが何故こんなことになっているのか

皆目見当もつかない。





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