短編集・読み切り
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活動日じゃない日の演劇部の部室は好きだ。
騒がしい放課後から切り離されたこの部屋はお気に入りの隠れ家。
いつも3年生が占領しているソファに寝転がってタッチ画面を指先で擦る。
メールが一件。
“リラ、次いつ会える?”
バレンタインに部活してて会えなかった3年生の恋人。
ごめんね。演劇部の活動日ってウソ。
でも知ってる。
先輩がその日に義理チョコ渡した男友達と二人で夜の街に消えた事。
そして同じクチビルで俺に言うんだ。会えなくて寂しかったって。
寂しいって言葉を紛らわすための恋人ごっこがそろそろ終わりそうなのはお互いわかってる。
“来週の水曜日まで空かない”
ソファに寝転がりながらそう返信した。
1年の時にやった役の名前がリラ。
ハマり役だったって、いつの間にかあだ名がリラになっていた。
台本の中のリラは不器用な正直者で、人を信じては裏切られて、でも最後には怪物を倒してお姫様とハッピーエンドを迎える。
誰もがありきたりなシナリオにありきたりな感想を並べた。
でも俺は考えた。リラは本当に正直者だったのか?
親切な顔をしながら裏切った市民の為に怪物を倒したのか。
一言も喋っていないお姫様に恋をしたのか。
「おや、今日も居たんだ?」
のんびりした声が降ってきて顔を向けると3年の真司先輩。
いつものんびりした声でヘラヘラ笑っているけど、この先輩はどこか掴みどころが無い。
「リラは本当に部室が好きだなぁ」
「先輩こそもう学校終わってるでしょ。
なんで活動日でもないのにわざわざ来てるんっすか」
「ほら、俺らもうすぐ卒業でしょ?
この部室ともお別れだからね」
そう言って真司先輩は向かいのソファで持ってきた雑誌を読み始めた。
「そういえば先輩でしたよね、リラの脚本書いたの」
「うん。懐かしいなぁ。でも急にどうしたの?」
そう言って目を細める真司先輩はゆったりと脚を組んだままこちらを見る。
「ずっと思ってたんですよ。
リラって本当に正直者だったんですか?」
身分違いの恋をした少年が紆余曲折を経てお姫様を助ける。
そんなどこにでもある陳腐なシナリオ。
でもそれを書いたのは、この掴みどころの無い真司先輩だから。
「君はどう思う、リラ君?」
「疑問に思わなきゃわざわざ訊きませんよ」
「君がそう思うならそれでいいと思うけど。
でも懐かしいついでに嬉しいから教えちゃおうかな」
そう言って笑う真司先輩が鞄の中からルーズリーフを取り出して、シャープペンをさっと紙面に走らせる。
「簡単なアナグラムなんだよね」
“Liras”
並ぶアルファベットにつられて笑い、立ち上がってフード付きのコートを着込む。
「用事思い出したんで帰ります」
いきなり現れたら先輩はどんな顔をするだろう?
たまには恋人らしいサプライズをしよう。
「俺、リラって呼ばれるの好きですよ」
のんびりした声で見送る真司先輩に置き土産をして部室を出た。
E N D
[*前]
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