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短編集・読み切り



「九条!」

「うん?あぁ、中谷か」


 HRが終わって放課後になった教室は部

活動や委員会活動へ向かう者、帰宅する者

でざわめいている。

 休み明けの月曜日ということもあり、一

日教室に沈殿していた停滞感が動き出した

空気に散り散りになって消えていく。

 九条も既に教室を出るつもりらしく鞄を

片手に抱えており、慌てて呼び止める。

 振り返った九条は肩から大き目のスポー

ツバックを下げており、すぐにその中に空

手の道着が入っているのだろうと気づいた。


「あ、ごめん。

 今日は空手の日だっけ?」


 月曜日は九条が幼い頃からずっと通い続

けている空手道場の稽古がある日で、HR

が終わるなり立ち上がり教室を出て行こう

とする流れに混じろうとしていたのだと察

する。

 急いでいただろうかと不安げに見上げた

が九条は緩くかぶりを振っただけで続きを

促した。


「うん。まぁ、そうだけど。

 で、何?」


 立ち話くらいする余裕はある、という雰

囲気にちょっと胸を撫で下ろした。


「金曜日はボーリングに付き合ってくれて

 ありがと。

 で、これ渡し忘れてたから」


 九条を含めて6人で行ったボーリングの

話をしながら、手に持っていたストラップ

を差し出す。

 ハロウィン仕様のストラップはカボチャ

のランタンの裏にボーリング場の名前が印

字されており、これが欲しくて皆を集めて

ボーリングへわざわざ遊びに行ったのだ。

 厳密に言うとこのストラップを欲しがっ

ていたのは妹で、自分で貰った分は既に妹

の学生カバンにつけられていたりするのだ

が。


「あぁ、そうだっけ。

 サンキュ」 


 ボーリング場のハロウィン企画で、5人

以上の団体入場で料金割引とハロウィン仕

様のストラッププレゼントという内容だっ

た。

 さすがにストラップの為だけにボーリン

グに付き合ってくれとも言えなかったので、

本当に料金割引があって良かった。

 特にボーリングが得意ではないミツあた

りは、それがなければ快諾してくれなかっ

ただろうとも思う。


「で、あのさ」

「ん?」


 受け取ったばかりのストラップをスポー

ツバックの脇についているポケットに入れ

ていた九条は“まだ何か?”と不思議そう

に顔を上げる。


「島崎とミツってまた何か喧嘩したの?

 なんか、今朝からミツがすげーピリピリ

 してるんだけど」


 斜め後方を背中越しに親指で示しながら

何か事情を知らないかと苦笑いで尋ねる。

 夏休みが明けてからというものミツと島

崎の間に流れる微妙な空気を感じとり、尾

山や野坂と共にどう距離をとっていいもの

かと互いに顔を見合わせていたのだ。

 それでもボーリングに島崎が行くことに

なってもあからさまに避けるような真似を

しなかったので、そこまで仲は悪くなって

いないのだろうと思ってはいたのだが。

 土日の休みが明けて登校した今朝ミツは

露骨な態度で島崎を無視しており、渡そう

と思っていたストラップはまだ鞄の中に入

ったままだ。

 実は何度か二人に手渡そうと思ったのだ

が休み時間の度に完全無視を貫くミツに島

崎が纏わりついており、さすがに空気を読

んだ。

 今でも指さす先では島崎を鬱陶しげな顔

で露骨に無視をしながら薄い鞄にノートを

乱暴に突っ込んでいるミツの机の脇に、な

んとかミツに構ってもらおうと謝り倒して

いる島崎が張り付いている。

 ボーリングの後でファストフード店に入

り、解散した後で島崎がミツを追いかけて

いたからその後で何かあったのだろうとい

う事くらいしか憶測の材料に出来るものが

ない。

 野坂がボーリング場でナンパのテクニッ

クをミツに伝授したとか上機嫌で笑ってい

たけれど、先に教えていたという島崎が仮

に女をナンパしたとしてもミツが徹底的に

無視するほど怒らせる要因にはならないだ

ろう。


「いいや?

 俺は何も聞いていないけど」

「そっかー…」


 九条は幼い頃から空手を習っているせい

かどうかは知らないが、年の割に落ち着い

ている。

 交わす口数は多くないもののミツは九条

に一目置いている節があり、もしかしたら

何か相談事を持ち掛けているのではと期待

していたのだ。

 だが九条すら何も聞いていないとなると、

もうこれは本人達から直接聞くしかないだ

ろう。

 下手に首を突っ込んで面倒事を背負い込

みたくはない一方で、岡本の一件以来高取

の介入は期待できない。

 高取の場合は自身に仲裁しているという

意識はなく、高取の目の前で喧嘩しようも

のなら煩いと不機嫌に一刀両断される為な

んとなくそのままうやむやになりやすい、

というだけなのだが。 

 岡本の一件があって以来、高取は放課後

にいつもつるんでいた教室にあまり姿を見

せなくなってしまった。

 ミツも今は今月の下旬に催される文化祭

の実行委員として忙しくしており、あの教

室に来ることも少なくなっているという事

情もある。





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