[携帯モード] [URL送信]

短編集・読み切り



 久しぶりに見た母親の顔は別人かと思う

ほどやつれていた。

 毎日ガミガミ煩く怒鳴るばかりで顔を見

るのさえ嫌っていたけれど、毎日ちゃんと

化粧をしてパートに出かけていた母親は化

粧では隠せないほど疲労をありありと顔に

浮かべていた。

 ギリ…と高取の心の奥が痛む。

 所詮自分はまだ保護者が必要な子供なん

だという事実。

 犯した罪に新たな罪が幾重にも重なって

いく重圧感。

 子供頃から知っている気丈な母親の心は

もう遠くに離れていた。

 毎晩街を歩きながら高取の心は揺れた。

 母の盆休みに合わせて母方の実家へ一緒

に帰らなければ、きっと母親はこのまま父

親と一緒に自分を切り捨てるだろう。

 家に帰らない父親の関心がもう不倫相手

にしかないことなど火を見るより明らかだ。

 けれど自分が犯した罪の重さを考えれば、

ここで投げ出して犯人を野放しにすること

は出来ないとも思う。

 あのハゲオヤジに全てを吐かせて警察に

突き出すまで探すことをやめたくない。

 自分自身が許せない。

 罪悪感に押し潰されて窒息しそうだ。

 …せめて自分だけでも自首しようか。

 そんな考えが何度も過る。

 だがあの少女がそのまま病院に駆け込ん

でいなければ精液という言い逃れの出来な

い物的証拠は失われてしまっているはずだ。

 そこから犯人を辿ることが出来ないなら、

自分一人が名乗り出たところで真犯人は追

いつめられない。

 それに…本当にあの落書きに何らかの強

制力があったのだとして、抵抗の痕跡がな

いことを合意とイコールでとらえられたら

少女には絶対的に不利だろう。

 それに…あんな放心状態だった少女の記

憶がどこまでハッキリしているか、あの夜

の記憶をどこまで第三者に説明できるかも

不安がある。

 警察に任せても、犯人が逮捕できるか分

からない。

 …いや、被害者である少女があの夜の記

憶を蘇らせてまで男を逮捕してほしいと望

んでいるのかも分からないけれども。

 目も足もあの男を追い続けたけれど、ハ

ゲオヤジの行方は杳として知れなかった。



 結局、母親が実家に帰るというその日の

朝まで街を歩き回り悩みぬいた結果、高取

は母親の帰省に同行することに決めた。

 第一にこのまま探し続けたとして見つけ

られる可能性は決して高くないであろうこ

と。

 盆休みという多くの国民にとって長期休

暇にはいるその時期には人通りはすごく増

えるだろう。

 同時に遅くまで夜遊びする同年代の子供

も増え、それを見回る大人の目も厳しくな

るはずだ。

 ただでさえ人でごった返す場所を歩き回

ることになった挙句に補導されたら父親が

いつ迎えにくるのかも分からない。

 第二に、実はこれが一番重要だが先立つ

もの…金がない。

 母親は田舎に帰省し、父親はそもそも家

に帰ってこない。

 小遣いはハゲオヤジを探し回る間のジュ

ースやパンの代金として消えていった。

 両親に言ったところでどちらも出しはし

ないだろう。

 となれば、もう迷う余地はなかった。

 家に帰るなり大きめのバッグに着替えを

乱雑に突っ込み始めた高取を母親は驚いた

ような呆れたような顔で眺めていたが、特

に何か言うことはなかった。

 盆の帰省ラッシュでごった返す新幹線の

ホームで高取は何度も欠伸を噛み殺した。

 新幹線に乗ってしまえば立ったままでも

暫くは仮眠がとれるだろうと列に並びなが

ら眠い目を擦る。

 母親は大丈夫なのかと言いたげな目で見

上げてきたが、このまま新幹線が到着する

まで寝てしまいたい欲求を追い払いながら

気づかないフリをした。

 ここ最近の会話なんて殆どなくて、母親

が一方的に怒鳴ったり宣言したりで高取も

何を話していいのかわからなかったからだ。

 もう何度目かもわからない欠伸を漏らし、

携帯機器をいじって時刻を確認する。

 あと少しで新幹線が到着するだろう。

 それまでの辛抱だ。

 新幹線が到着間際のホームはますます忙

しなく人が行き交い、ともすればアナウン

スの音声さえ上手く聞き取れないほど人々

の喋り声や足音が大きくなる。


《新幹線をご利用くださいまして、ありが

 とうございます。

 間もなく17番線にのぞみ159号が到

 着いたします。

 安全柵の内側までおさがりください。

 このあと、この電車は折り返し、8時4

 0分発 のぞみ159号 新大阪行きとな

 ります。

 グリーン車は…》


 駅の構内アナウンスを聞き流しながら携

帯機器をいじって九条にメッセージを返し

ていた高取の視界の隅で、不意に別の搭乗

口に乗り込む為に並んでいた人々の列の先

頭が乱れた。

 何となく顔を上げて見てみるとどうやら

列の先頭に並んでいたスーツ姿の男がよろ

けたらしく、周囲の人間が立ち位置を変え

て距離をとっている。

 その人達に俯きながら頭を下げるスーツ

の男の横顔を見て、高取は目を見開いて凝

視した。





[*前][次#]

あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!