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短編集・読み切り



「……たんだ」

「え?」


 乾いた小声は殆ど声にならずに消えてし

まい、高取はもう一度と無言の圧をかける。

 そうしてようやっと絞り出された男の言

葉に、今度は高取が言葉を失った。


「みんな、おかしく…なってたんだ。

 そうでなきゃ、店長も先輩も…。

 あの子は、何度も、何度も…。

 服にも、顔にも、いっぱい…かけられて」


 心臓が震えた。

 怒りを軽く超越した恐怖、おぞましさ。

 高取が少女に上着をかけてハゲオヤジを

追いかけてカラオケを飛び出した…その後

で、少女は更に理不尽に凌辱されたという

のか。

 しかも複数の男達によって繰り返し。

 高取の脳裏にあの夜の感覚がフラッシュ

バックする。

 理性の制御から解放された本能の暴走。

 目の前の肉壺に自らの雄を突き刺す事し

か考えられなかった。

 欲望のまま腰を打ち付けてももっとと襞

が蠢いて、気持ち良くてどうにかなりそう

だった。

 それは甘美すぎる白昼夢であると同時に、

自分の立っている地面が地割れを起こして

奈落へと落ちるような悪夢だ。

 体も精神も熱に浮かされ狂気すら心地よ

く感じてしまうその感覚は、恐怖という言

葉でさえ生温い。

 そんな精神状態の男達に何度も繰り返し

犯され続けるなんて、とても正気のままで

はいられない。


「それで…?」


 男の腕を掴んでいた高取の手にはもう力

は入っていなかった。

 続きを促しておきながら、それ以上を知

ってしまうのは怖かった。

 けれど、きっとこの男はその間もずっと

少女を見続けていたのだ。

 見続けていなければいけなかったのだ。

 目を反らしたくても反らせなかったはず。

 あの不思議でおぞましい文字の命令通り

に。


「わから…ない。

 副店長が来て、店長と一緒に車で何処か

 に連れて行ったから」

「……」


 高取は言葉を失った。

 最後に見た少女の顔を思い出す。

 あの少女はレイプしたという店長の顔を

見ただろうか。

 その店長が乗る車に乗せられ、意識を取

り戻したとして何を思っただろうか。

 或いは呆然自失したまま自宅の住所をち

ゃんと伝えられただろうか。

 いや、もし店長たちが我が身可愛さを優

先したなら…。

 嫌な想像が頭の中を際限なくグルグルと

回る。

 少女はちゃんと家に帰りつけただろうか?

 レイプという傷を抱えて、それでも立ち

直ることができるのだろうか。

 それはもう高取の努力ではどうする事も

出来ないし、せめてちゃんと親元には帰れ

たはずだと店長たちの善意に賭けるしかな

かった。

 …被害にあってしまってから犯人達に優

しくされても嬉しくはないかもしれないが。


「夢ならよかったのに」


 言葉を失って立ちつくす高取の耳に溜息

に似た声で呟きが聞こえて、反射的にその

胸ぐらを掴んでしまった。

 奥歯を噛み締めて胸ぐらを乱暴に引き寄

せた高取の目が虚ろに濡れた男の目をうつ

す。


 泣くな。

 お前が。

 何もしなかったお前が。


 ギリッと軋むほど奥歯を噛み締めた高取

の握りしめた拳は、零れた一筋を見て解か

れた。

 投げ捨てる様に放りやると、男はそのま

ま重い荷物の様にベンチに戻った。

 あの何者かの“声”の言う事が正しかっ

たのなら、この男さえも被害者だ。

 体に書かれた文字の通り、文字そのもの

が本人の意思を無視して現実化させる力を

もっていたのならば。

 この男も見続けさせられていたのだ。

 トラウマのせいで働けなくなるほどの心

的負荷を負わされた。


 見つけなければ、あの男を。

 被害者の前に引きずり出して罪を償わせ、

これ以上の被害を食い止めなければ。

 ヒーローを気取るつもりはない。

 あのハゲオヤジを警察に突き出したとこ

ろで高取自身の罪は消えてなくならないか

らだ。

 高取は力なくベンチに凭れ掛かる男をそ

の場に残して立ち去った。

 その胸に憎悪に近い決意を抱えながら。



 しかしそれから数カ月、ハゲオヤジの痕

跡は一向に掴むことが出来なかった。

 勤務先や自宅の住所どころか名前すら知

らない状態で広い街の中をいつ訪れるかも

分からない一人を探し当てるのは想像以上

に無理があった。

 夜の街をうろつく頻度が上がった高取は

補導される回数が跳ね上がったが、母親に

金切り声で怒鳴られても犯人探しをやめな

かった。

 高校が夏休みに入る頃には父親は土日も

不倫相手の家に入り浸る様になり、母親の

ヒステリーは日に何度も繰り返されるよう

になった。

 夏休みになったおかげで犯人探しに専念

できると意気込んでいた高取に、母親は疲

れた顔で言い放った。


《母さん、もう疲れちゃったの。

 盆休みになったら実家に帰るから。

 あんたは行きたくないなら好きにしなさ

 い。

 夜遊びでも何でも、好きにすればいいわ。

 ただ言っておくけど、あの人…あんたの

 父親はこの家に1円もお金入れてないか

 ら。

 学校にも殆ど行ってないんだから、いっ

 そ退学して働いたら?》


 母親は不倫相手の家に転がり込んでいる

夫と非行を繰り返す息子に毎日頭を悩ませ

て、そしていつの間にか壊れてしまってい

た。





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あきゅろす。
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