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短編集・読み切り



 高取はその日からあのハゲオヤジを探し

始めた。

 現実を直視できずに気絶してしまった少

女に高取がしてやれたのは服の乱れを直し、

上着のパーカーを体にかけてやることだけ

だった。

 レイプ犯として名乗り出ることも頭を過

ったが、それではあのハゲオヤジは捕まえ

られない。

 あのハゲオヤジを捕まえて、ぶん殴って、

そして全てを洗いざらい吐かせて少女の前

に引き摺っていくことが自分なりの贖罪だ

と高取は毎日欠かさず夜の街を歩いてあの

ハゲ頭を探した。

 その間、高取は完全な夜型の生活になっ

ており学校は無断欠席するか、登校しても

机に突っ伏して居眠りをする始末で教師に

は露骨に睨まれ、小学校からの付き合いが

ある九条にはだいぶ気を遣わせてしまった。

 しかしそこまでしてもハゲオヤジを発見

することは出来なかった。

 背広姿のハゲてるデブオヤジなんて、夜

の街には掃いて捨てるほど溢れていたから。

 人に見られた気配を感じて逃げたのであ

れば、レイプ現行犯として逮捕されること

を恐れてわざと身をくらませているのでは

という考えだけが浮かんでは消えた。

 進展らしい進展といえば、事件から2週

間ほど過ぎた頃に現場になったカラオケの

傍を通りかかった時だった。

 私服で俯き加減で分かりにくかったが、

カラオケの前の道を歩いていたのはあの時

の店員の男だった。

 意を決して高取が声をかけると男は年上

でありながら心底怯えた顔で震え上がり、

高取が咄嗟に腕を掴まなければその場から

脱兎のごとく逃げ出していたかもしれない。

 人通りの多い道を抜けベンチのある噴水

広場まで男を引っ張っていき、高取が有無

を言わさずベンチに座らせるまで男はずっ

と口の中でか細い“ごめんなさい”を繰り

返していた。


「犯人の情報が欲しい。

 どんな小さなことでもいいから、知って

 いることを教えてくれ」


 痛い位の力で両肩を掴まれ揺さぶられて、

ようやく若い男は高取の顔を真っ直ぐに見

上げた。

 何故と問いかけられて、犯人を見つけて

警察に突き出してやるんだと息巻く高取を

見つめ、そして大きく息を吐き出しながら

俯いて首を左右に振った。


「データは全部、嘘だった。

 電話番号もかけてみたけど通じなかった。

 だから住所もきっと…」


 詳しく話を聞いてみると、あの事件以来

ずっとアルバイトを休み続けていたらしい。

 店長や先輩に説得されてようやく昨日出

勤して、これ以上働き続けられる精神状態

ではない為アルバイトを辞めたい旨を相談

したようだ。

 その時に店長が離席した隙をついて店の

パソコンをいじり、あの夜にあの部屋を利

用した客の会員データを盗み見たらしい。

 あのカラオケ店は財布や鞄などの忘れ物

があった時に登録されている会員データか

ら利用客に連絡するサービスをしているら

しい。

 職務に関係のない顧客情報の閲覧は当然

ルール違反だが、あの夜何も出来ずにただ

少女が二度もレイプする様を見続けていた

男としても何かしなければならないという

感情があったのだろう。

 けれど登録されていた電話番号に電話を

かけても“この番号は現在使われておりま

せん”という無機質な返答メッセージが流

れるだけだったという。

 念の為に会員情報をメモした紙を携帯機

器で撮影し、後日その住所の所まで高取が

足を運んでみるとそこに家屋はなかった。

 様々な車が停まっているコインパーキン

グの前で拳を握りしめることしか出来なか

った。

 走り書きのメモを写真に撮り終わった高

取はそれを男に返しながら、重い口を開い

た。


「それで…あの娘は、あの後…」


 “どうなった?”

 さすがに最後までは言い切れなかった。

 どれほど違うと思っていても、あの少女

からしたらあのハゲオヤジと高取は同じ立

場の人間だ。

 レイプ犯。

 どれほど必死に駆けずり回ってあの男を

探しても、それはあの被害者の少女に頼ま

れたことではない。

 自己満足と言われても反論は出来ない。

 本当は今この瞬間にも目の前で土下座

して詫びることを望んでいるのかもしれ

ないとさえ思う。

 けれど、どうか今はまだ…。

 奥歯を噛みしめる高取の前で、元バイト

店員は目に見えて震え出した。

 そして頭を抱えながら“ごめんなさい”

を繰り返す機械に戻った。


「おい、どうし」


 纏わりつく罪悪感を押しのけて震える男

の腕を掴む。

 まるであの夜がトラウマを植え付けたよ

うに男の顔は血の気を失い、膝をついて覗

き込んだ高取の視線すら耐えきれないよう

にぎゅっと目を瞑ってしまった。





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あきゅろす。
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