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短編集・読み切り



「だからね、吉光君には島崎君と幸せにな

 ってほしいなって思ってるんだよ」

「そっ、そういえば!

 お前、なんでその事…!」

「分かるよー。

 だって吉光君っていつも島崎君の事見て

 たでしょ」


 クスクス笑う岡本が、いつもの気弱でお

どおどしている岡本と同一人物とは思えず

吉光は口をパクパクさせた。

 “なんで”とか“いつから”なんて問いは自

ら傷口に塩を擦り込むようで聞けない。

 岡本の体を通して島崎の性欲を煽り、そ

の表情に欲情していた…それにずっと以前

から気づかれていたのだとしたら羞恥で燃

え尽きる。

 頬を真っ赤にして口をパクパク動かす吉

光の横でディスプレイにゆっくりと新しい

文字が表示された。


《Q5 気 づ き ま し た ね ?》


「あっ」


 その最後の文字が表示されると同時に、

部屋のどこからか微かにシューっという音

が響いた。

 それは風船の中にヘリウムガスを入れる

時のような音で、3人を軽いパニックに陥

れた。


「ガス!?」

「ちょっ、出口ねぇって!!」


 慌てる3人の前でまた新しい文章が表示

されていく。


《ご安心ください。

 次に目覚める時は自宅のベッドの中です。

 なお、今夜に関する一切の記憶は消去さ

 れます。

 ご了承下さい》


「ご了承って、ふっざけんなっ!」

「吉光、落ち着いてっ。

 ガスは吸い込んだら危険だ!」


 もうずっと長い間、心の奥底でじくじく

と膿んでいた罪をようやく詫びて許される

ことが出来たのに。

 吉光が怒り任せに薙ぎ払うと、薄型のデ

ィスプレイは簡単にバランスを崩してテー

ブルから落ちた。

 ディスプレイが床に叩きつけられた重い

音が響くが、その頃にはもう視界が充満す

るガスで真っ白になっていた。

 そのガスの中で一番肺にガスを吸い込ん

だ吉光が真っ先に意識を失って倒れる。

 激高する吉光を見ながら鼻と口を手で覆

っていた2人も逃げ場がない状況で床にう

ずくまり、やがて酸欠に耐えられずやむな

くガスを吸い込んで意識を失った。

 3人が倒れて意識を失ってもガスは勢い

を衰えさせることなく部屋を満たしていき、

転倒したディスプレイには新たな文字が表

示されていた。


《お疲れさまでした。

 ささやかなプレゼントをご用意しました

 ので、お受け取り下さい。

 -Merry Christmas to you guys-》



 世界中に祈りが満ちた、その翌朝。

 岡本家ではスマホから流れ出した音でゆ

っくりと岡本が目を覚ました。

 いつもの目覚ましアラームとは違う、た

だ一人の着信音に指定しているメロディに

眠りを破られる。

 パッチリと目を覚ました岡本は、充電器

に繋ぐことも忘れて眠っていたのに気づい

てメロディを流すスマホに飛びついた。


『遅い』


 電話に出るなり不機嫌な低い声が耳に届

く。

 しかし早朝から彼の声を聞けた岡本の頬

は緩みっぱなしで、“えへへ、ごめんね”

と自分のほうから詫びてしまう。

 早朝6時の電話だということも、電話に

出るまでたった5コールしかなかったこと

も、昨夜随分と無茶な要求を飲ませたこと

も全て棚上げして高取は電話口で岡本を詰

る。

 それでも岡本は幸せだった。


『今日、お前の親は?』

「いないよ。

 父さんは一日接待ゴルフで母さんは友達

 と旅行なんだって」


 岡本の両親は不在が多く、高取がいつ尋

ねてみても今日は親が在宅だからと断られ

た例がない。

 さすがの岡本も自分の両親を追い出して

まで高取を家へ招くことはないが、そもそ

もそんなことを画策する必要もなかった。

 それに関しては岡本は現状を喜んでいる。


「じゃあ1時間後な。

 ちゃんとシャワー浴びとけよ」

「うんっ」


 高取は相変わらず岡本の予定を尋ねない。

 唯一気になるのは親の不在だけで、たと

え在宅であったとしてもそれはそれで岡本

を別の場所に呼び出せばいいくらいにしか

考えていないのだ。

 その気になれば薄暗い公園でも、好き者

を何人か呼んでホテル代を割り勘させるく

らいはしてみせる。

 だから岡本も外に出るよりは高取を独占

できる自宅に招く方が好きなのだ。

 そして自宅に招けば、大体高取は夜遅く

まで長居してくれる。

 セックス三昧でもいいし、まったりだら

だらと過ごすのでもいい。

 今日は外も冷えるから、高取は外を出歩

きたがらないだろう。

 そう想像するだけで岡本の胸はキュンキ

ュンと震えて高鳴るのだ。

 手短に用件だけ伝えて切れた電話の余韻

を噛みしめて、岡本は浴室へ消えた。




 それから1時間後の桐生家では。


「おはよう、お兄ちゃん」


 次男の駆は同じベッドで眠っていた三男

の麗にキスで起こされた。


「おはよ…。

 ん?どうした?」

「うん…。

 お兄ちゃん、甘い匂いがしないなぁって。

 体調悪いの?」


 欠伸を漏らして目を擦る駆のパジャマに

鼻先を近づけてクンクンと匂いを嗅いだ麗

はやや不安げな目ですぐ上の兄を見上げた。


「体調?

 ぐっすり眠れたし、すっごくいいと思う

 けど。

 どうしたんだろうな。

 あ、香りだした時も突然だったし、これ

 でもうずっと香らなくなるのかも?」

「それはないと思うけど…」


 麗はまだ不思議そうに兄の首筋に鼻先を

寄せる。

 フェロメニアが香らなくなるのは老いて

精力が減退した時だけだ。

 夢魔として様々な夢を渡ってきた麗はフ

ェロメニアや淫魔に関する情報を集めてき

たが、その例外は聞いたことがない。


「んっ、麗、くすぐったい」

「お兄ちゃん不足なんだもん」


 鼻から出る息が首筋にかかってくすぐっ

たいと駆は笑うが、麗はぴったりとくっつ

いたまま離れようとしない。

 丸一晩、添い寝をしてずっと傍に温もり

を感じていて、夢の中でさえ駆を独り占め

していても足りない。

 昨夜は駆の夢に上手くたどり着けなかっ

た。

 毎日どんなにノンレム睡眠が短い間でも

辿り着いて駆に抱き着くのに、昨日の夜は

まるで泥の中をさらうようにして駆の夢を

探したがどうしても見つけ出せなかった。

 夜明け近くにようやく駆の夢に辿り着け

た時はあまりの安堵に泣き出してしまった

程だ。

 駆の見る夢が悪夢に染まらずいつも平穏

と幸福で満ちているように、それを共有す

る麗の精神にも多大な影響を与えている。

 それを駆が知る日がくるかどうかは、今

はまだ誰にも分からないが。


 コンコン


「いつまで寝てるんですか。

 朝食、できてますよ」

「あ、うん」


 ドアの向こうから響いたのは朝食に呼び

に来た長男 秀の声だ。

 その声を聞いて駆はベッドから抜け出し

た。





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