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短編集・読み切り



「何なんだよ、その余裕…」


 本当に同い年かとため息をつく吉光に岡

本はニッコリ笑いかけた。


「高取君といると驚くことが沢山あるから。

 慣れ、かなぁ?」

「あ、そう…」

 相変わらずおっとりした返事に、吉光は

今度こそ脱力して全身から力を抜いた。

 それ以上のやり取りは不要なようだった。

 そんな三人の前でディスプレイは新しい

文章を表示した。


《Q1 体に落書きすることで落書きした

 通りの現象が起こせてしまう魔法のマジ

 ックペンを手に入れたら、あなたはどう

 しますか?》


「はぁっ!?」

 文章を読んで素っ頓狂な声をあげたのは

吉光だった。

 画面を見つめる目が睨んでいるそれに代

わり、次に口から飛び出したのは深い溜息

だった。


「あのさ、オレらを攫った犯人って頭おか

 しいんじゃね?

 こんな漫画にでも出てきそうなファンタ

 ジーな質問する為にオレ達を攫ってきた

 っていうんだからさ」

「あはは…。

 まぁ、とりあえず答えていけば帰してく

 れるんじゃないかな?

 多分だけど」

「そうだねぇ。

 とりあえず座ろう?」


 岡本はテーブルから椅子を引いてそれに

座り、他の2人を促す。

 2人がそれぞれ椅子に座るのを待って、

紙コップ注いだウーロン茶を差し出した。


「…大丈夫かよ。

 誘拐犯が用意したもんだろ、これ」

「ペットボトルは未開封だったし、もし僕

 たちを殺そうとしてるんだったらとっく

 に実行してたと思うんだ。

 だから大丈夫じゃないかな」


 渋々受け取ったウーロン茶をじっと見つ

める吉光に相変わらずの笑顔でそう返した

岡本は真っ先にウーロン茶を口にして“う

ん、大丈夫”と頷いてみせた。


「大人しそうに見えるけど、結構勇気ある

 んだね。

 えっと…岡本、君?」

「勇気なんて、そんな…。

 ただここが本当に密室なら、まず落ち着

 いて腹ごしらえしないとって思っただけ

 で。

 僕、夕飯まだなんで」


 驚く桐生の言葉に岡本は照れたように頬

を掻くが、夕食がまだだと聞いてようやく

桐生はその事情を悟った。

 こんな夜更けまで何も口にしていなけれ

ば、それはお腹も空くだろう。


「えっ、お前こんな時間まで夕飯食わずに

 何してたの?勉強?」


 同じように驚いて目を瞬かせる吉光に、

岡本はちょっと照れた表情で俯き加減に小

声で答えた。


「さっきまで高取君と一緒だったから…」

「あ、そう…」


 その短いやり取りで事情を察したらしい

吉光は赤くなってモジモジする岡本とは対

照的に呆れかえって閉口しているようだっ

た。

 その温度差を目の辺りにした桐生はあえ

てその話題に触れないでおこうと心に決め

る。


「えっと…じゃあ質問に答えようか?

 魔法のマジックペン、だよね。

 落書きした通りの事が起きる…って、例

 えばどんな事かな?

 病気にしたりとか、怪我を治したりとか

 出来るってこと?」

「怪我をさせたりとか、身動きできなくさ

 せたりも出来るんじゃないかな。

 あとエッチな事とか…」

「「えっ」」


 予想しているにしてはスラスラと口から

出てくる岡本の言葉を聞いて、吉光と桐生

は同時に驚いた声をあげた。

 その理由はそれぞれ別の所にあったが。


「そ、そんなペンがあったら本当に危険だ

 よね。

 落書きしただけで怪我したり、動けなく

 なるんじゃ…」


 “エッチな事ってのもそうだけど…”と

桐生は言葉にせず心の中で続ける。

 一方で吉光は何食わぬ顔で未開封のスナ

ック菓子を開く岡本を見ていた。

 言われてみれば心当たりのあることが多

すぎて、“もしかして…?”という疑惑が

浮かんだからだ。


「うん、美味しい〜。

 うすしお味って絶妙な塩加減がたまらな

 いんだよね」


 パリパリと乾いた音をたててスナックを

かじる岡本に、吉光が今し方頭の中に浮か

んだ問いを投げることはなかったが。


「岡本」

「うん?」

「お前ならどうすんの、そんなペンが本当

 にあったら」


 代わりに尋ねた。

 もしそんなペンが本当に実在するとして、

そのせいで口には出来ないような様々な事

を高取に強いられてきたのだとしたら。

 逆にそのペンを手に入れたら、岡本は…。


「僕?

 僕はねぇ、本当に欲しいものを手に入れ

 るかなぁ」


 “ふふふ”と笑う岡本に吉光はそれ以上

突っ込んだことは聞けなかった。

 聞くのが怖かった。

 岡本がそんなペンを使われてここまで人

生を狂わせられたのだとしたら、そのペン

で高取や今まで自分を貶めてきた多くの人

達にどれだけの報復を願うだろう。

 そしてその中に、間違いなく自分も入っ

ている。

 そう、気づいたからだ。


「吉光君はそんなペンを手に入れたら、ど

 う使うの?」

「えっ、あ、えーと…」


 尋ね返された吉光は少し考え込んで、や

がて閃いたことをそのまま口にした。


「エロいことしか考えてないバカに使う。

 性欲を半減させて、夜這いとか考えられ

 ないようにしてやる」


 アイツの場合は性欲半分でも十分すぎる

くらいだ。

 むしろそれで普通の奴と同じになる、と

吉光はうんうんと頷く。

 どうあってもケツを許すつもりはないと

何度も言っているのに、島崎の食いつき方

は押せばどうにかなると思っていそうだ。

 あの性欲を半減させられれば、抜きっこ

だけでお互い満足できるようになるのでは

ないだろうか。


「桐生は?

 あ、桐生って呼んでいい?」

「うん。

 じゃあ俺も吉光って呼んでもいいかな」


 自然な流れで呼び捨ててしまい確認をと

る吉光に桐生は難なく頷いた。

 日頃からクラスメイトにさえ“ミツ”と

呼ばれるのが普通で、改めて苗字呼びの許

可を求められて新鮮な気分で吉光は了解し

た。


「俺なら…そうだな。

 自分の体に書くかな」

「えっ。自分に?なんで?」


 考えた末に出した答えを口にした桐生に

吉光は目を丸くする。

 落書きをする=自分以外の人間に対して

するもの、という認識でいたからだ。


「俺、ちょっと厄介な体質でさ。

 その魔法のマジックがあったら、その体

 質も消せないかなって」


 アハハ、と努めて明るく笑う桐生を見て、

吉光はアレルギー体質とか閉所恐怖症なん

かの類かなと解釈した。

 出会ったばかりの相手にあえて伏せられ

た体質について突っ込んで尋ねることはし

なかった。

 そうして3人答え終わるのを見届けたの

か、ディスプレイには新しい問いが表示さ

れた。





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