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短編集・読み切り



 ゴーンゴーン…


 粉雪が舞う遠い異国で0時を伝える鐘が

鳴り響いている頃、日本のとある地域では

黒い影達が暗躍していた。

 黒い影達が狙うのは豪邸の金庫でもなけ

れば、要人の命でもない。

 何の変哲もない住宅からの人攫いである。

 その時刻、桐生家のあの部屋では弟にせ

がまれて添い寝をし、そのまま夢の中にい

た次男 桐生駆が眠ったままベッドから攫

われた。

 夜道をおぼつかない足取りで家まで帰り

着きシャワーを済ませて課題をひろげた岡

本家の息子は、知らず部屋の中に流し込ま

れ充満したガスを吸い込んで意識を失った。

 同時刻スマホで画面をタップしながらア

プリを遊んでいた吉光家の息子もまた同じ

ガスを吸い込んで気絶し、パジャマ代わり

のスエット姿で室内から連れ去られた。

 そうしてそれぞれ同時刻に攫われた三人

は、あるホテルのトリプルルームへと運ば

れた。

 部屋には3つ並んだシングルベットに3

人それぞれが寝かされ、窓際に設置された

テーブルセットの上には飲み物やお菓子が

並べられている。

 その中央にはカメラ付きのディスプレイ

が置かれていて、誰一人目覚めていない部

屋で音もたてずに起動しプログラムを開始

させた。

 やがて3人の寝息を破る様にけたたまし

いアラーム音が響き渡った。


《Get up!

 Let's enjoy Christmas!!》
 

「…?」

「…ぁ?」


 車輪付きの目覚まし時計が迷惑な音量で

繰り返しながら部屋の中を走り回る。

 3人のうち2人はその音ですぐに目を覚

まし、明るい室内で目を擦りながら起き上

がる。


「えっ、誰?

 っていうか、ここ何処?!」


 状況を把握して真っ先にベッドから起き

上がったのは吉光翔。

 ガスで眠らされた為に眠りが浅かったの

か、寝起きにしては元気がいい。

 もう一人目覚めたのは、程よい深さで眠

っていた桐生駆。

 慌てる吉光の声を聴きながらのんびりと

目を擦っている。

 まだ現状を把握しきるには時間が足りな

いようだ。


《Get up!

 Let's enjoy Christmas!!》


 その間も騒々しい目覚まし時計は部屋を

走り回るが、最後の一人は夢の中に入って

しまったようで枕に顔を埋めて心地良い眠

りを貪っていた。


「うるさいのはお前かっ」


 大きなアラーム音で起こされた腹いせか、

走り回る目覚ましをめざとく見つけ吉光は

その目覚まし時計を乱暴に叩く。

 運よくボタンを押すことに成功したのか、

目覚まし時計はぴたっとアラーム音をOF

Fにした。


「で、誰?」

「俺は桐生だけど…。

 君は?」


 目覚まし時計を握ったまま振り返って睨

まれた桐生は戸惑いながらも名前を答えて

尋ね返す。

 するとその返事はあっさり返ってきた。


「吉光。

 あんた、ここがどこか知ってる?」

「知らない。

 家のベッドで寝ていたはずなんだけど、

 気づいたらここに寝かされてて…。

 君は?」

「俺も。

 スマホでゲームしてたはずなのに。

 寝落ちたのか知らないけど、いつの間に

 かここで寝てた」


 手がかり無しかと舌打ちしながら、吉光

はもう一つのベッドに向かう。

 そこで眠っている顔を見て、迷わず肩を

掴んで揺り起こした。


「岡本…?

 お前、岡本じゃね?

 何のんびり寝てんだよ、起きろって!」

「んん〜?

 吉光君…?」


 傍から見ていて心配になるくらい乱暴に

肩を揺さぶられた岡本は、ここでようやく

目覚めて大きな欠伸を漏らす。

 苛立つ吉光をよそにのんびり起き上がる

と、目を擦りながら部屋を見回して一言。


「ここ何処かな?

 なんで吉光君は怒ってるの?」

「知らねーよっ。

 こっちが聞きたいんだよ!

 なんでお前はこんな状況でそんなのんび

 りしてんだよっ!」


 半ば八つ当たりで寝起きの岡本に掴みか

かって体を激しく揺さぶる吉光を見かねて、

桐生が口を開いた。


「あの、まぁまぁ。

 気づいたらここに居たっていうのは同じ

 みたいだし、とりあえず落ち着こうよ。

 えっと…吉光君達は知り合い?」

「知り合いっていうか、クラスメイトって

 いうか…」


 “友達…?いや、セフレとも違うし…”

 最後は迷うように腕組みしながら小さく

呟いたが、それは問いかけた桐生の耳には

届かなかった。


「ねぇ、あのパソコンついてるみたいだけ

 ど…」


 寝起きのおっとりした口調でテーブルを

指さした岡本の声に2人はそちらに目をや

った。

 ディスプレイを見つめる3人の目の前で

《Welcome》の文字が別の文字へと

変わる。


「“ようこそ、パジャマパーティーへ”?」

「“今夜は夜更かしして語り明かしましょ

 う”…って、ふざけんなっ。

 家へ帰せっての!」

 桐生に続いて浮かび上がる様にして現れ

たディスプレイの文字列を読み上げた吉光

は走り回る目覚まし時計を止めたのと同じ

勢いで廊下に繋がっているであろうドアに

駆け寄って押したり引いたりしてみるがド

アは開かない。

 桐生も内線に繋がっているであろう受話

器を持ち上げてみたが、線が繋がっていな

いのか電子音さえ聞こえてこなかった。


「ダメだ。開かねー」

「こっちも繋がらない。

 電話線、切られてるのかもしれない」

「うーん。

 わりと真面目に閉じ込められちゃってる

 ねぇ」


 ようやくベッドをおりた岡本がカーテン

を開いてみても窓は完全にはめ込み式にな

っており、ライト一つない暗闇の中へ抜け

出すことさえ不可能なようだった。

 そもそも灯り1つ見えない風景というの

が完全に日常から切り離された空間である

ことの証明にも思えた。


「岡本、お前落ち着きすぎっ!

 この状況でまだ寝ぼけてんの!?」

「うーん…焦っても仕方ないからねぇ。

 吉光君もあんまり余計なエネルギー使わ

 ないほうがいいよ?

 疲れちゃうから。

 少なくとも僕達をここに連れてきた“誰

 か”は僕達に危害を加えるつもりはない

 みたいだよ」


 密室であることを確信し半ばパニックに

なりかけている吉光を、岡本のおっとりし

た声が諭した。

 促されるまま画面を見てみると、テーブ

ルの上のお菓子やジュースを楽しみながら

いくつか質問に答えてくれればいいという

旨の文章が表示されている。

 岡本の言い分が正論だと気づいた吉光は

ようやく大きく息を吐き出して体の力を抜

いた。






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あきゅろす。
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