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短編集・読み切り



「えっ」


 オレの詰問に今度は島崎が目を丸くする。

 まさかそれを尋ねられるとは思わなかっ

たという顔だ。


「あの、一人しかいないと思うんだけど…」

「……」

「……」

「…え?」


 困り顔で返されて、今度はオレが戸惑う

番だった。

 たっぷりと向かい合ったまま見つめ合っ

て、けれど島崎は口を閉ざしたままで。

 それはオレが自分で気づくのを促すため

の沈黙のようで、間抜けな声が出てしまっ

た。

 それは、つまり……。


「…だから、言えなかった。

 野坂も紹介しろって煩かったけど、迷惑

 だろうと思って。

 まさか野坂がその話をミツ本人に言うと

 は思わなくて」


 …そりゃ、言えないよな。

 ずっとツルんで遊んでるダチに欲情して

る、なんて。

 しかもそのダチの“初めて”が欲しくて悩

んでる、なんて口が裂けても言えない。

 だから、つまり……島崎は誰かを練習相手

にするつもりなんてそもそもなかったのだ。

 直球で抱かせてくれと頼んで、案の定撃

沈した。

 それでも抜きっこしようとは持ちかけて

きたのは、さすがチ●ポ脳ということなの

か。


「なんだよ、それ……」


 あんなにムカついて、馬鹿みたいだ。

 拳を開くと掌にはクッキリ爪の跡がつい

ていた。

 殴らないと気が済まないと思っていたけ

ど、今となっては時間と気力を返せと言い

たい。

 体から余計な力が抜けると、なんだかも

のすごく疲れたような気がしてくる。

 勝手に自分の想像を事実として伝えた野

坂も、無駄に遠回しに言い訳する島崎も、

バカだバカだと殴ってやりたい。

 …半分は八つ当たりだけど。


「もしかして…ミツ、妬いてたの?」

「っ?!」


 不意打ちを脇腹に喰らった気分で反射的

に顔を上げると、不思議そうな目に見下ろ

されていた。

 怒りの熱が遠のいていったというのに、

急に別の熱が顔を駆け上ってくる。

 しかし動揺を悟られたくなくて、必死に

口を動かした。


「ちっ、違うしっ!

 オレは、ただ練習台にされるのが嫌だっ

 ただけで…っ!」


 しかし言えば言うだけ下手くそな言い訳

のように響いて、言いながらそうじゃない

んだとオレのほうが焦る。

 嫉妬なんて無縁も無縁だと首を横に振り

まくる。

 島崎が女を選ぶならそれでいいと思って

いた。

 それは当然で、仕方ない事だとも思うし。

 ただその踏み台にされるのが気に食わな

かっただけだ。


「嫉妬とか、バカじゃないの。

 お前はもともと女好きだろ。

 さっさと…」


 さっさと女を作ってしまえばいいのに。

 声に出そうとした言葉は唇から放たれる

前にオレの心を抉って口ごもる。

 それが自然で、それが島崎の選択ならオ

レに口を挟む権利なんてない。

 それは嫌と言うほど分かってはいるんだ

けど、それをオレから言うのは何となく嫌

だった。


「さっさと…なに?」

「…何でもない。

 で、家に来るの?

 茶一杯くらいなら出してやるけど」


 言葉の先を誤魔化して、話題をすり替え

る。

 誤解だったとはいえ、悪ノリした野坂に

カンチョーされて悶絶していた島崎を思い

出すとこのまま帰すのもなんだか気分が晴

れなかった。

 自己満足だと分かってはいても、何かを

してチャラにしたかった。

 オレの心の中で、だけど。


「えっ、行く行く!」


 パッと目を輝かせた島崎は尻尾をぱたぱ

た振る犬のようだ。

 けれど一見無邪気に喜んでいるだけにし

か見えない島崎の脳内が暴走しないように

先に釘を刺す。


「言っとくけど、ホントに一杯だけだから

 な。

 飲んだらすぐに帰れよ」

「うん、わかった!」


 しかし念押ししても島崎がガッカリした

顔を全然しないので、逆にこちらが不安に

なる。

 親が不在だと分かっている島崎を家へ上

げるなんて早計すぎたかと内心で焦ったが、

此方から言い出した手前撤回も出来ずに仕

方なく歩き出す。

 すると程なくして島崎が距離を詰めてき

た。

 島崎はオレがイライラしているのを察し

てかずっと後ろをついてきていたけど、本

来の身長差…もとい脚のコンパスの差であ

っさりと距離を詰めてくる。

 それはそれで悔しいのだが、隣でデレデ

レとニヤけた顔で歩く島崎に気づかれるの

も癪で口には出さなかった。


「そういえばお前、野坂に何て相談したん

 だ?

 どう相手の事を説明したら野坂が年上と

 か勘違いするわけ?」


 誤解が解けてずっと頭の中を占領してい

た怒りが消えてなくなると、新たな疑問が

浮かび上がってくる。

 野坂から聞いた時は完全に違う誰かの話

だと思って聞いてたけど、それがいざ自分

の事だと知れるとそれはそれでオレが引っ

掛かるようなことを言ってたような気がし

てくる。

 “最近忙しくて高飛車な処女の年上”

 野坂はそう言ってた気がする。

 最近忙しくて、というのは確かに文化祭

の実行委員の仕事で放課後に遊ぶ回数が端

的に減ったことだろう。

 処女という言い回しは気になるけど、野

坂が相手を女だと思い込んでいたことも含

めて考えれば、まぁ分からなくもない。

 が、それ以外の誤解はどこから生まれた

んだ。


「それが俺もよく分からないんだけどさ。

 ちっちゃくて可愛くて、勝気だけど正直

 で、二人きりの夜はエロくて、照れると

 めちゃくちゃ可愛いって言っただけなん

 だけどなー。

 あ、野坂に“男なんだからリードしろよ”

 って言われたけど、それは無理って答え

 たからかなー?」


 ちっちゃ…っ!

 最初の一言目からカチンときてぐっと拳

を握り直す。

 そもそもオレだって170近くあるのだ

から、そこまで身長が低いつもりはない。

 ただ島崎然り、周りでいつもツルんでる

奴らが無駄に170超えの奴らだから相対

的に低く見えてしまうだけだ。

 島崎の家に遊びに行った時に廊下ですれ

違った兄貴の方は今の島崎よりまだ数セン

チ高かったから、もしかしたら島崎もあと

少し伸びる余白があるのかもしれない。

 が。


「ちっちゃい、だと…。

 オレだってまだ成長期だっ!」


 ゴンッ


「いてッ!!」


 握りしめた拳を今度こそ島崎の頭にお見舞

いする。

 島崎は鈍い声を上げて殴られた場所をさす

っている。

 二回も可愛いって言いやがったので内心は

もう一発殴ってやりたかったが、横目で睨む

に留めた。


「痛いなー、もう。

 ミツはすぐ手が出るんだから…」

「お前が悪いっ」


 ブツブツ文句を言う島崎の言葉を一刀両

断する。

 “だってホントのことなのに…”と島崎

は不満顔だけど、タメのダチを捕まえてち

っちゃいだの可愛いだの言われて喜ぶと思

うのか。

 って、そもそも島崎はそれが本音っぽい

のがもっと始末に悪い。

 その頭をかち割れるなら一度かち割って

中を覗いてやりたい気分だ。





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あきゅろす。
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