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短編集・読み切り



「じゃあ明日と明後日はミツのパシリするか

 ら…っ」

「ふざけてんの?」


 パシリなんて言ったってやることなんか

たかが知れてる。

 そもそも誰かをパシらせるような大層な

用事はないし、島崎に二人きりで体を触ら

せるリスクには見合わない。


「じゃ、じゃあミツは俺が何をしてほし

 い?」


 もうお手上げだという風に島崎が問

いかけてくる。

 そこまでしてこの勝負をしたいとい

う根性には呆れて脱力した。

 どうしても勝負がしたいらしい。

 だったらオレが出す条件は…。


「今日のチーム戦で1位とって、個人で野

 坂よりスコア点数稼ぐこと。

 ただ勝負に負けたり抜きっこしてる時に

 ちょっとでも変なそぶりしたら、島崎が

 女装してケツにローションボトル突っ込

 まれてる写メをクラス中にバラ撒くから。

 今度は泣いて土下座しても絶対にやるけ

 ど。

 それが嫌なら諦めたら?」


 チームのスコアは言わずもがな、ボーリ

ングに慣れているとはいえ野崎はその日の

調子次第でスコアに幅がある。

 島崎も元々運動神経はいいほうなんだか

ら、頑張れば野坂のスコアを追い抜く事は

出来るかもしれない。

 勝負のハードルがこんなに低いのは、そ

もそも今日のボーリング戦では島崎のチー

ムがどう足掻いても有利だからだ。

 その代わり、負けた時の代償をちょっと

やそっとじゃ呑めないレベルまで引き上げ

る。

 その程度の覚悟で抜きっこしようなんて

気軽に言ってるなら、島崎の考えは甘すぎ

る。

 あんなに嫌だと言っていたのに指は入れ

るし、しかも抜いてくれないし。

 島崎がその気になれば、上にのしかかっ

てオレを抑え込むことも出来るだろう。

 そのリスクがどれだけオレにとって重い

か島崎にはきっとわかっていない。

 …それさえなければ抜きっこぐらいでこ

んな条件は出さない。

 ただの純粋な抜きっこだというなら、こ

んなやり取りなんか必要ないと言っただろ

う。

 夏休み前だったら、だけど。


「うーっ、うー…」


 島崎は腕組みして物凄く真剣な顔で考え

込んでいる。

 冷や汗が浮かんでいるような気がするけ

ど、そもそも負けた時の条件が嫌ならこん

な勝負しなければいい。

 だからオレは悪くない、うん。


「迷うならやめといたら?

 もうオレは戻るよ。

 あんま遅いと誰か見に来るかもしれない

 し」


 島崎にここへ連れてこられる時も“連れ

ションって女子かよ”とバカ二人にからか

われたのだ。

 あまり遅くなれば冗談抜きでからかいに

様子を見に来るだろう。

 そうでなくても今日は客が多いから、い

つ誰が入ってくるかもわからない。

 こんな話で揉めてる最中に誰かが入って

きて話を聞かれたとしたら目も当てられな

い。


「ミツ、待って」


 一足先に出て行こうとしたら手首を掴ま

れた。

 ビックリして思わず振り返ると、思いつ

めたような目の島崎と目が合った。


「じゃあっ、じゃあもし俺が勝ったら、今

 夜一晩付き合って。

 ミツが嫌がることは絶対しないから」

「まぁ、それならいいけど…」


 一晩なんて長いと思わなくはなかったけ

ど、一晩まるまる一緒なんて夏休み以来だ。

 万が一のリスクが消えてなくなったわけ

ではないけれど島崎の“絶対”という言葉

がそれを幾分か軽くし、代わりに鼓動が一

瞬だけ乱れた。

 別にオレだって溜まってるだけだし。

 島崎なんてチ●コ脳のオオカミなんだ

から嬉しいとか、そんなんじゃないし。

 俺の承諾を聞くや島崎はそんなオレの

内心に生まれたさざ波になど気づかない

風に嬉しそうに笑った。



 そうして始まったゲームは島崎の絶不調

を除けば概ねいつも通りに進んだ。

 肝心の野坂の調子は普通らしく、スコア

もほぼ平均だ。

 しかしそんなことを気にするまでもなく

島崎自身のスコアがボロボロで、チーム決

めのじゃんけんの時点で今日の勝ちを確信

してガッツポーズした尾山がキレかけてい

る。

 オレとしてはヒヤリとする場面が全然な

くて、むしろこんなに点数がボロボロにな

るなら勝負に負けた時の条件くらいはもう

ちょっと優しくしれやればよかったかなと

頭の片隅で思ったりもした。


「そういやさ、島崎の女の話聞いた?」


 今度のターンこそはとちょっと悲壮な顔

つきでボールを手に取ってレーンへ向かう

島崎の背中を見ながら野坂がオレの耳元に

口を近づけて問いかけてくる。


「…は?」


 驚きすぎて思ったままがするっと声にな

った。

 島崎に女?

 いや、女どころか気になる相手がいる相

手がいることすら聞いてないけど。

 通りすがりの露出高めな美人を振り返っ

て鼻の下を伸ばすくらいがせいぜいだろう。

 でなければこの勝負は何のためにしてい

るのかという話になる。


「そんな話、聞いたことないけど。

 野坂の勘違いじゃないの?」

「いやー、マジマジ。

 一週間くらい前だったかなー。

 妙に真剣な顔で相談があるっていうから

 聞いてやったの。

 そうしたらアイツ、“その気にならない

 相手をその気にさせるにはどうしたらい

 い?”ってさ。

 そっかー。

 お前ら仲良いけど、やっぱエロ方面の相

 談は経験豊富な俺にきたわけかー。

 ミツって見るからにそっち方面経験なさ

 そうだもんなー」

「うっせ」


 ニヤニヤしながら見下ろしてくる野坂の

頭をペシッと叩く。

 毎シーズンナンパしに出かけてはフラれ

まくり、運が良くてもいかにも頭の緩そう

な女しかひっかけられない奴に言われたく

ない。

 ちなみに一晩だけの関係がほとんどで後

日云々なんて話があるのは、たいていは面

倒事だ。

 それはどうでもいいけど、島崎がそんな

思いつめているなんて話は露ほども聞いた

ことがない。


「それ、実在すんの?

 島崎の脳内にいるんじゃなくて?」

「ギャハハ!

 ミツも相変わらずきっついなー。

 いくら島崎だって妄想の中の女の事で思

 い悩んだりしねーって」


 野坂は腹を抱えてひとしきり笑った後で

突然オレの肩に腕を回してぐっと引き寄せ

てきた。

 盛況なボーリング場内である程度声の音

量を落として喋るには仕方ないけど、急に

だったから驚いて体がビクッと震えた。


「それがさ、どーも年上の女らしいんだっ

 て。

 最近は忙しいとかで全然話せてないらし

 ーんだけど、そもそも高飛車な処女らし

 くて。

 処女だからなんだってんだよなー?

 女は処女だから大事にすべきとか思って

 んのかもしれないけど、相手する男から

 したら面倒くさいだけだっての」


 野坂の言葉が単語ごとに頭に雪崩れ込ん

できてぐるぐると回り出す。

 どうせ野坂の聞き違いか何かだと思って

いたけど、喋ってることの情報量が多すぎ

て処理できない。





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あきゅろす。
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