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短編集・読み切り



 彼、芹澤一也と別れて泥のような気分で

部屋に辿りついた時にはもう日が暮れてい

た。

 蔑んだ笑みを浮かべた彼から奪った…否、

押し付けられたノーラベルのDVDはデス

クの上に放ったまま枕に顔を埋める。

 気分は最悪だ。

 体の疲労や腰の痛みなどでは紛れない程

心が弱りきっている。

 罪悪感を感じながら、それでも現状維持

は耐えられないと彼のバックにまで手を出

したのに。

 DVDを得られた代償として失うものは

大きすぎた。

 新たな弱みを彼に握られ、脅迫じみた約

束を取り付けさせられた。

 プライベートだけならば、まだいい。

 どれほど手荒く扱われても寝込むような

ことにはならないなら仕事に支障ない。

 若く精力の旺盛な彼が満足するまで付き

合うのは確かに疲れるが、無意識にでも関

係が続くことを望んでしまった私にとって

もすべてがマイナスだという訳でもない。

 だが叔父の言葉から7年、死に物狂いで

勉強した。

 それから更に4年、1日のほとんどを院

内で過ごすような日々を過ごしながら医者

として必死に経験を積んできた。

 彼はそんな私の職場に土足で踏み込んで

こようとしている。

 しかも他でもない私自身の手で職場を汚

させようとしている。

 それだけは許せない。

 けれどそれを阻止する為に打てる手もな

い。

 彼が今まであったことを吹聴したとして、

彼の今までの診察記録の中に虚言癖という

言葉はない。

 むしろ彼は患者の中ではまともなほうで、

突然キレて乱暴な言動をしたり等は見られ

るものの幻覚症状があったり自閉症状がみ

られたりということもなかった。

 彼の前の主治医のカルテも引き継ぎの時

に一通り目を通したが、そのような記述は

一度もなかった。

 一度キレると一般常識からは外れた乱暴

な言動をする芹澤だが普段の彼は無気力か

つ無関心でいることが多く、彼自身という

より彼を取り巻く環境のほうにこそ真の原

因があるのだと思われた。

 そんな彼が今まであったことを触れ回っ

たとして、その突拍子もない話をどれだけ

の人が信じるかは解らない。

 けれどそれが事実であることは他の誰よ

り私自身が知っている。

 それを知りながら彼の診察記録に“虚言

癖”という言葉を付け加える行為は医者と

して許されない行為だ。

 保身の為にそれを許してしまったら、私

が私を許せなくなる。

 また虚言だというのなら、彼の言った内

容を私自身がカルテに書き写さなければな

らなくなる。

 それはこの先もずっと残る記録として、

だ。


「〜〜っ」


 どうしてよいのか分からず、枕に額を強

く擦り付けて深いため息をつく。

 彼の言うとおりにしなければ私の医者と

しての信頼が揺らぐ。

 けれど彼の言うがままになれば、職場に

まで及んだ彼の脅迫を許すことになってし

まう。

 脅す側と脅される側、それが成立してし

まえば後はエスカレートしかしない。

 どうにかならないものか。

 彼はまだ高校生で、しかも私の患者だ。

 自分よりいくつも年下の芹澤にいつまで

こんな勝手を許すのか。

 そもそもあのDVDが無ければ…いや、

DVD?

 顔を上げてデスクのほうへ目をやると先

ほど自分が放ったままのDVDが無造作に

置かれていた。

 そうだ。

 あのDVDを手に入れたかったのは、彼

の脅しに屈したくなかったから。

 決して自分で観て楽しむ為ではない。

 あれがなければ、彼に私は脅せない。

 となれば、他院への紹介状だって書いて

渡すことだって躊躇しなくていい。

 光が差し込んだような心持ちで気怠い腰

を庇いながら起き上ってデスクに向かう。

 パソコンの脇の大きな封筒の中から今ま

で何度書きかけて捨てたのか分からない白

紙の紹介状を抜き取る。

 今ならここに彼の名前を書ける。

 次の診察が最後だと思えば、彼と顔を合

わせることも苦ではない。

 問題があるとすれば、たとえ最後でも問

診はしなければならないということ。

 そしてその間は、怒ると過激な行動に出

やすい彼を怒らせないようにすることだ。

 そのためには従順なフリさえしていれば

いい。

 問診の間だけやり過ごせれば、あとは彼

が診察室を出る直前に紹介状を書いたこと

を告げて病院を通してしかるべき手続きを

踏めば彼が私のところに通院する理由はな

くなる。

 そうだ。そうしよう。

 紹介状の上でペン先が踊るように滑る。

 何度も書いたドイツ語を筆記体で記す間

は何か思い楔から解放されたような晴れ晴

れとした気分だった。

 最後に右下に私の名を書いて、ようやく

紹介状が完成した。

 今まで苦い気持ちで同じ紙を幾度もシュ

レッダーにかけたことを思い返しながら感

慨深く完成したそれを眺めてから丁寧に折

りたたんで病院の名前が印刷された普通サ

イズの封筒にすべり込ませる。

 今はまだ職場で使っている印鑑がないの

で封をすることはできない。

 このまま彼が来院する日に持って行って

処方箋と一緒に渡すように受付に回せばい

いだけだ。

 準備のできた封筒を仕事用のカバンの内

ポケットに滑り込ませるとそれだけで心が

勇気づけられた。

 次の来院で彼に会うのは本当に最後だ。

 脅迫する側とされる側の関係もこれで

清算できる。

 ここまで長かったが、あと少しだ。

 目の前のノートパソコンの電源を入れる。

 ブラウザを起動させ、検索画面にカーソ

ルを合わせた。

 ありのままの単語を入力することに一瞬

躊躇したものの、最後の診察を穏便に済ま

せる為には仕方ないと自分に言い聞かせる。

 検索をかけてみると検索結果の画面の上

部に検索画像の一部が表示され、そのピン

クの生々しい画像から目が離せなくなって

しまった。

 こんなものを尻に入れて何食わぬ顔で診

察をしろというのだ、彼は。

 ローター画像の中にローター付きのバイ

ブの画像まで出てきて、若い彼の黒々とし

た屹立とどっちのほうが大きいだろうと考

えを巡らせてしまう。

 我知らずゴクリと生唾を呑み込んでしま

ってハッとする。

 いけない。

 何を考えているんだ、私は。

 こんなこと、彼に脅迫されてさえいなけ

ればやることなんて一生なかったのだ。

 あくまで事務的にクリックしようとして

股間を擦る布地に顔をしかめる。

 股の間では言い訳のしようもないほど張

りつめていて、渋々ベルトを解き前を寛げ

て下着の中から中途半端に頭をもたげてし

まったソレを取り出す。





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あきゅろす。
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