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短編集・読み切り



「なるの、カメラマンに?」


 問いかけに静かに首を横に振る。

 本当にカメラマンを目指していたら今も

カメラを持ち歩いているだろうし、大学で

はなく専門学校に入っただろう。

 その事実は今更曲げられない。

 けれど。


「プロにならなくても写真は撮れるから。

 誰かに…不特定多数に見せる為の写真じ

 ゃなくて、自分が見た綺麗な景色を自分

 なりに形に残すことはできるから」


 碧い海、雪化粧の山脈、不思議な形の島、

桜の森、雪国のオーロラ…。

 それらをいつか、自分の目で見に行きた

い。

 誰に褒めてもらわなくてもいいから、自

分なりに写真という形に残したい。

 幼い頃に胸躍らせた世界を、まだ心のど

こかで諦めずに引きずっている。

 今まで誰にも話してこなかった胸の奥の

小さな小さな未練。

 それを何故ここで喋っているのか、僕自

身にもわからない。

 ただ胸に刺さった言葉がふっと思考を過

る。




『お前が無駄に過ごした今日は、

  誰かが一生懸命生きたかった明日だ』




「えぃちゃーん、朝だよー?」

「う…ん…」


 耳の傍で聞き慣れない声がする。

 うるさいな。

 僕は朝が弱いんだから、もう少し寝かせ

てよ。


「今日もいい天気だよー。

 起きないとあっという間に昼になちゃう

 よー?」

「バイトは、昼から…だから…」


 むにゃむにゃと瞼すら開けずに体にかけ

ていたタオルを手探りで引き上げて頭から

かぶる。


「…えぃちゃん、もしかして低血圧?」

「うるひゃい」


 寝かせて。

 最後の言葉は声に出すのすら億劫で、心

の中で呟くだけにする。

 そのまま静かになりすぐにうとうとし始

めるが、8月の朝陽はやはり強い。

 ましてタオルケットを頭からかぶって自

ら空気の通らない場所に逃げ込んでしまっ

たのだ。


「…暑いっ」


 頭にかかっていたタオルケットを投げ捨

てて扇風機のスイッチに手を伸ばす。

 音をたてて回り始めた扇風機の起こした

風が前髪を揺らして熱くなった頭の熱を拭

っていく。

 スーッと不快感が消えて再び眠りの中に

意識が沈んでいこうとする。


「…えぃちゃんはよく寝るねぇ」


 しみじみとした声が降ってくる。

 っていうか誰だ。

 ここは僕の部屋だろう?

 なんで他人がいるんだ?


「でも遅寝遅起きは体に悪いっていうし。

 うん。しょうがない」


 重い瞼を上げようかどうしようかまだ眠

い頭でうだうだと考えてる間に頭上の誰か

はブツブツと独り言を呟く。

 なにが“しょうがないんだ”は言葉にな

らなかった。

 額に何か冷たい空気を感じたと思った直

後には全身に鳥肌が立っていて、微睡んで

いた意識が身の危険を察知して飛び起きる。


「うひゃあっ!?」

「あ、起きた。

 えぃちゃん、おはよう」


 驚いた喉からひっくり返った声が出てズ

ササササッと身体がその気配を避けて逃げ

る。

 その気配の主である彼は、悪気0%の笑

顔をこちらに向けて胡坐をかいている。


「な、なんっ、なっ!?」


 ただでさえ強制的に微睡から飛び起きて

脳に酸素が回っていないというのに、非常

識なものを視界にとらえて何か言いたいこ

とがあるはずなのに口がパクパクとしか動

かない。

 なんだっていうんだ。

 夢だったはずだろう?

 誰か、誰でもいいから僕に理解できるよ

うに説明してくれないか。


「えぃちゃん?

 まだ寝てる?」


 伸びてきた掌にまだ握っていたタオルケ

ットを投げると、それは彼の腕をすり抜け

て布団の上に落ちる。

 その視覚的回答が昨夜の出来事は紛れも

ない現実だったのだと僕に知らしめた。

 こんなの冗談だろう?

 まだ頭の中が春真っ盛りのバカがエイプ

リールフールだと勘違いして、手の込んだ

悪戯を仕掛けてきたんだろう?

 ドッキリ大成功の看板を持って共犯者が

出てくるのはいつだ?

 本格的に現実逃避し始めた頭を、頭のど

こかで客観的な声が遮る。

 僕はそんな手間暇をかけて騙すような芸

能人でもなければ、自宅まで押しかけて悪

戯を仕掛けてくるような親しい友達なんて

いないだろう、と。

 じゃあ、これは何だ?

 どうすれば、この不可解な状況は終わる?





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