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短編集・読み切り





「へぇー。

 えぃちゃんの部屋って片付いてんね。

 俺の部屋なんて雑誌とかでゴチャゴチャ

 してるのに」

「別に、欲しいもの以外は買わない主義な

 だけ…ってそれはいいから、さっさと帰

 ってくれないかな」


 家族でも友達でもない人間に勝手に押し

入られた挙句、じろじろと部屋を眺められ

て気分が悪い。

 しかしだからといって強引に追い出すこ

ともできずに歯がゆい思いをする。

 そもそも彼の背中を押そうとしても触れ

られるのか疑問だし、先程の訳の分からな

い寒気を思い出すと試してみようとも思え

ない。

 真夏だというのに全身を総毛立たせるよ

うな寒気というのは尋常じゃない。

 体が、本能が、それを拒絶する。


「好きな芸能人とか音楽とかないの?

 ポスターとか雑誌とかさ」

「そんなの君に関係ないだろ。

 それより早く帰ってくれないかな。

 僕は明日もバイトあるし、講義で出され

 た課題や論文もあるし、とにかく忙しい

 んだよ」


 組み立て式のベットの下を覗き込みなが

ら“エロ本はここかなー?”とかニヤニヤ

笑ってるけど、あいにくとそんな場所には

ない。

 というか、エロ本自体を持ってない。

 そういうデータは全部パソコンの中に…。

 いや、そんなこと今はどうでもよくて。


「えーっ、つまんないなー。

 なんか面白いもの一つくらいない?」

「ない」


 小学生かと突っ込みたくなるような声に

ピシャリと言い返し、手に持ったままだっ

たコンビニの袋を折り畳み式の小さなテー

ブルの上に置く。


「あ、緑の天ぷら蕎麦!!」


 その袋の中身を勝手に覗き込んだ彼は目

をキラキラさせてはしゃぐ。

 いや、別に彼の為に買ってきたわけじゃ

ないし。

 そもそもそれは僕の夕飯だしっ。


「僕は今からシャワー浴びてくるから」

「ん。いってらっしゃーい」


 僕の苛立ちなんて全然気づいてないみた

いに彼はヘラッと笑ってヒラヒラと手を振

る。


「僕が戻ってくる前に帰って」

「えーっ。

 俺とえぃちゃんの仲じゃんっ」


 どういう仲だっ!!

 ついさっき顔を知ったばかりの、つまり

名前も知らない赤の他人だっ。

 いや、外見は人間ぽく見えるけど彼は人

外だから他人という言い回しも若干違うの

かもしれないけれど。

 ともかく知らない奴だ。

 そして僕の理解の範囲を超えた何かだ。

 もっと言うとこれは夢だ。

 …そうだ、夢だ。

 さっさとシャワーを浴びて、さっさと夕

飯食って、さっさと布団に入れば全て終わ

るはずだ。

 よし、さっさと風呂に入ってこよう。


「帰ってよ。絶対だからね」

「ケチ…」


 言葉と目線で念押しして、ようやく頬を

掻きながらしぶしぶ了解した彼を見届けて

から着替えとタオルを持って浴室に向かっ

た。




「…で?

 なんでまだここに居るの?」


 湯上りのタオルを首にかけカップ麺の出

来上がりを座して待ちながら、僕は腕組み

して目の前の彼に問いただした。


「うん?

 だって帰ったし、一度」


 きょとんとした顔をした彼は、ドアの方

を指差して答える。

 さらに突き詰めて尋ねていくと、どうや

ら一度ドアの外に出て戻ってきたから“一

度帰った”と言いたいらしかった。

 もうここまでくると子供の屁理屈を聞いて

いるようで頭痛がしてくる。

 外見から察するに二十歳前後、つまりいい

歳した男がそんな屁理屈を当たり前な顔して

言い訳に使うなんて恥ずかしくないのだろう

か。

 というか、さっきから机の縁にへばりつい

てカップ麺の出来上がりを待っているという

のはどういうことなのか。

 しかもお湯を入れる前に「天ぷらは後のせ

サクサクがいいんじゃんっ」とか力説してく

るので口論になり、無駄に体力を消耗した。

 僕は天ぷらは先に入れて、天ぷらをふやか

して食べるのが好きなんだ。

 ほっといてくれ。


「帰れってそういう意味じゃなくて、今夜

 はもう帰ってくれっていう意味で言った

 んです。

 もっと言うと、もう二度と来ないでって

 意味でもあったんだけど」


 “わかる?”

 まるで幼稚園児に噛み砕いて説明するよ

うな気持ちで、できるだけ穏やかな声で言

い聞かせる。

 声は穏やかだけど、言ってる言葉はドス

トレートだ。

 このくらいストレートで言わないと、き

っと彼は理解しない。

 いや、理解しようとしない。

 彼の言動にいちいちイライラしていたら

こちらの身が持たない。

 直球で伝えることで、彼が言い逃れる隙

を無くす。

 そういう戦法に切り替えることにした。

 それに、どんなに容姿が不良っぽくても、

目の前の彼はもう全然怖くなかった。

 だってこれは夢だから。

 大人しく帰って、僕の好きな緑の天ぷら

蕎麦を心ゆくまで味わわせてくれ。

 そうしたらこの悪夢も許せそうな気がす

る。





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