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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


「ダメだ。

 鍵を置いて、今夜は帰れ」


 背中を向けたままわざと冷たい声で突き

放す。

 背中を向けていければきっとこんな言い

方は出来なかった。

 レイの顔は見えないけど、多分背中の向

こうでレイはきっと途方に暮れて泣き出し

そうな顔をしているはずだ。

 ずっと一緒に育ってきたから、そのくら

いは顔を見なくても解る。


「…やだ」


 長いような短いような間の後で、震える

小声が背中に触れた。

 唇を噛み締めているのか、それとも泣き

出しそうなのを堪えているのか。

 どちらだったとしても、今すぐ振り返っ

て頭を撫でてやりたくなるのをぐっと堪え

る。

 今夜、今夜だけだから。


「達樹君、もちろん僕との約束は忘れてい

 ませんよね?」


 沈黙するレイを尻目に落ち着き払った声

がかかる。

 いつも通りのその声はなんだか横柄に聞

こえた。


「わかってる、けど…」


 秀一先輩が言い出した提案。

 この体質の秘密を公言しない代わりに出

された交換条件。

 先輩が何をしたとか、それをどう感じた

とか、そういうのはあんまり思い出したく

はない…けど。

 絶食なんて無茶なことも、誰かを犠牲に

したくないという気持ちだけで始めた訳じ

ゃないというのも事実だ。

 なかには先輩みたいな人間もいるのだと、

高校生時代に嫌というほど思い知ったから

だ。


「今夜は体調が悪いと言うのなら、いつに

 日を改めてもらえるんですか?

 君はいつ連絡をしても都合が悪いんでし

 ょう?」

「……」


 明るい声の端々に棘が見えるようだ。

 チクチクと痛いところを容赦なく刺して

くるから、耳を塞ぎたくなる。

 まぁ、それで許してくれる先輩ではない

のだが。


「ま…また今度…」

「“また”っていつですか?」


 これ以上濁し続けることは許さないとば

かりに言葉をかぶせてくる。

 戸惑う隙すら責めるように早急に答えを

促してくる。


「ら、来年…」

「去年も同じこと言いましたよね?」


 明るい声が明らかに毒針を纏っている。

 色々と言いたいことはあれど、人前だか

ら黙っているのだと沈黙が背中を刺してく

る。


「さ、再来週ならなんとか…」

「来月末ですね。

 後で調べてメールしますからちゃんと予

 定空けておいてくださいね」


 来月末…満月…。

 嫌な予感しかしなかったけど、ハロウィ

ンと満月が重なる今夜ほど苦しくはならな

い…はずだ。

 その言葉に頷いておけば、とりあえず今

夜は大人しく帰ってもらえるようだ。

 今は思考がグラついてうまく頭が回らな

いけど、満月さえ過ぎ去れば何かいい断り

の口実も思い浮かぶだろう。

 とりあえず今は穏便にお帰り頂くのが先

決だ。


「善処する…」

「それが守られなければ一方的な反故とみ

 なします。いいですね?」


 毛布の中から背中越しにチラッと振り返

ったら、笑顔の奥のまったく笑っていない

目とバッチリ視線が合ってしまって慌てて

逸らした。

 もうこれ以上は待たないし、俺の体質の

ことや今まで俺がされてきたことをバラす

ぞ、と。

 先輩にとって俺は高校の後輩であり、珍

しい体質の生き物であり、被検体なのだ。

 それは高校の時からきっと変わっていな

い。





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