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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


「もう、ホント腹いっぱいなんで。

 帰ってください、お願いですからっ」

「そんなこと言っても騙されませんよ?

 高校の時、あんなに長く僕の首から離れ

 なかったじゃないですか。

 ちょっと深めに噛みついたくらいでは、

 まだ足りていないでしょう?」


 狭いベッドの上では逃げようもなく、ギ

シッとスプリングを軋ませた先輩がこれ見

よがしにはだけたシャツの隙間から白い首

筋を見せつけてくる。

 レイも陽都も俺の吸血体質のことは知っ

ているし、もう秀一先輩の交友関係の及ぶ

生活圏にはいないというのに、それでも先

輩には逆らえない。

 3年近くかけて築かれた関係を崩すには

まだ俺が弱すぎた。

 俺の口元に白い首筋を晒しながら、先輩

が低い声で俺の耳元に囁いてくる。


「僕の血を拒むなら、達樹君が高校3年間

 どうやって吸血衝動を抑えていたのか事

 細かくこの2人に話しても構わないんで

 すよ?」


 新たに提示された条件に眩暈がする。

 この人は高校という場所を卒業してもな

お俺を束縛しようとしている。

 過去を忘れるなと何度も何度でも俺の体

に脳に刻み込んでくる。

 俺から逆らおうとする気力すら奪いたい

のかもしれない。


「…噛んで、それでも俺がどうにもならな

 かったら、何もせず大人しく帰ってくれ

 るんですか?」

「えぇ、いいですよ」


 秀一先輩の意地悪い笑みが少しも曇らな

いままあっさり即答された。


「でもその代わり、君が“どうにか”なっ

 たら今後も僕の実験に付き合ってもらい

 ます。

 僕が飽きるまで、ね」


 吐息が耳にかかってくすぐったいのに、

響く言葉が心臓に冷気を運んでくる。

 すでに俺は秀一先輩の術中に嵌っている

のか…?

 そんな不安が頭をもたげる。

 この人にとって俺は興味深いオモチャ

程度の存在なのかもしれないけれど。


「…じゃあ、噛みます」

「どうぞ」


 心を少しでも落ち着けようと深く息を吸

うと秀一先輩の懐かしい匂いがふわっと香

る。

 最後に秀一先輩の“実験”に付き合わさ

れたのは1年以上前だが、それでも高校の

美術準備室や階段裏で先輩の首筋に噛みつ

いたことがいやに鮮明に思い出された。

 今思い出すな、俺。

 平常心、平常心。


「どうしました?」


 動かない俺を不審に思ったのか、先輩の

顔が僅かにこっちに傾く。

 秀一先輩の向こうから嫌でも視線を感じ

るけど、それもあえて見ぬふりをして視線

を先輩の首に落とす。

 吸血鬼を脅して吸血させる人間なんて、

きっと世界中探してもこの人くらいだ。

 そんなことを思いながら口を開いて首の

柔らかい肌に牙をあてて、突き刺す。

 さすがに痛むのかビクッと秀一先輩の体

が震える。

 顎の力を少しだけ抜いて歯を浮かせ、流

れ出す赤い血を啜り上げる。

 苦みのあるさわやかな血の味が舌を潤し

喉を流れる。

 ドクンッ、ドクンッ

 懐かしい味に吸血衝動と別の種類の熱が

目を覚ます。

 高校3年間、ずっと体に教え込まされた

感覚。

 秀一先輩の血と掌の熱さ。

 恨めしいほどに揺れてしまう腰と堪えよ

うとしても上がってしまう吐息。

 嫌だと思うのに秀一先輩は解放してくれ

なくて、先輩の手の中に放った回数は数え

きれない。

 消え入りたくなるような辱めだったが、

それでも俺は…。


「んっ…」


 もうこれ以上は耐えられないと秀一先輩

の首筋から牙を離すが、そのわずかな動き

でジーンズの布地が擦って息が僅かに乱れ

た。

 そんな…嘘だろ…。


「あぁ…賭けは僕の勝ちですね?」

「そ…んなこと、あ…ッ」


 ジーンズ越しに控えめな膨らみをつつ…

と伝いおりていた秀一先輩の指先が、俺の

否定を封じ込めるように2本の指で挟んで

擦り上げるような動きをする。

 さすがにその動きにはたまらず腰が動い

てしまう。

 卒業してから1年以上経つというのに、

体は先輩の“実験”を思い出しかけている

らしい。

 そんなはずはないと思っていたけど、ジ

ーンズの中で俺の熱は中途半端に燻り始め

ている。

 信じたくないが、それが秀一先輩の“実

験”の成果らしい。


「否定するなら、見せてもらいましょうか。

 ちゃんとこの目で確かめなければ納得で

 きません」


 ちょっと…待って…。

 見せてって、ここにはレイも陽都もいる。

 壁によりかかってこちらを傍観している

陽都はともかく、ベッドの上に居座ったま

まのレイからは絶対に何をしているのか見

えてしまう。

 レイの見ている前でジーンズの前を開か

れ好き勝手弄られるなんてとてもじゃない

けど耐えられない。

 しかも先程からレイの視線が秀一先輩の

背中に刺さりそうな鋭さでこちらをじっと

見ている。

 これ以上は絶対に見せてはいけないと思

う。


「せ、先輩の見間違いですから!

 もう帰ってもらっていいですかっ」

「僕がそれで納得するとでも?」


 先輩の目が今までにないくらい残酷に光

る。

 “そんな、まさか…”と嫌な予感が喉を

カラカラにする。

 折り曲げた膝を胸元に引き寄せてベッド

の隅で縮こまるけど、秀一先輩はそんな俺

のささやかな抵抗すら小さく笑い飛ばした。

 秀一先輩の掌が折り曲げた俺の膝に触れ

た、その直後。


「…そのくらいで堪忍したりーや。

 可哀想に、震えとるやんけ」

「邪魔しないでいただけますか」

「達樹が喜んでんのやったら無粋なことは

 せーへんでいようと思っててんけどな。

 こないに怯えて縮こまってんの黙って見

 てられへんわ」


 秀一先輩の放つ真っ黒いオーラなんて気

にも留めていない様子で先輩の向こうから

姿を現した陽都はニッと笑って俺の頬に温

かい掌で触れてくる。

 緊張でガチガチに固まっていた体が頬か

ら解かされるようで、その手が頬を降りて

肩を掴んで引き寄せようとする動きにすん

なりと立ち上がることができた。

 秀一先輩の横をすり抜けざま小さな舌打

ちが聞こえてきたが、ベッドを降りる際に

中途半端だった場所が変な具合に擦れて一

瞬息を呑む。

 自分の後ろに庇うように誘導する陽都に

甘えて影に避難させてもらう。

 これ以上の秀一先輩の直視に耐えられそ

うにないから。


「一人だけナイト気取りですか。

 いい身分ですね。

 あなただって今夜がどれだけ特別な夜か

 知っていてここを訪ねたのでしょうに」

「知ってたらなんやっちゅうねん。

 俺はただ達樹と楽しゅう遊びたかっただ

 けや」


 先輩の不機嫌な目が陽都を刺すけど陽都

はそんなあからさまな視線すらもまるで効

いていないようで、表情も声の調子もずっ

と同じ調子だ。

 陽都はいつも陽気だと思っていたけど、

その根底に鋼のようなバネのような強さが

あるのかもしれない。


「達樹の涙が見たくて来たんやないし、ど

 うせ泣かすなら気持ちよう泣かせたらん

 と」


 …ん?

 なんだか陽都の言っていることがおかし

いと気づいた時には、陽都の大きな手が俺

の手首をしっかりと掴んでいた。


「陽…都……?」


 離してくれと掴まれた手首を軽く振って

みるがその手が解けることはなく、振り返

った陽都は変わらず笑顔のまま。

 いや、その笑顔はなんかおかしい気がす

る…。


「去年のハロウィンえらい積極的に押し倒

 してきたと思たらプルプル震えて泣きそ

 うな顔しとったし、これ以上ショック与

 えたら可哀想やなぁと思て手ぇ出さずに

 帰したんやで?」


 笑みを浮かべる陽都の目の奥にゆらりと

夜の闇が揺らめいて、陽都が伸ばしたもう

片方の手が頬を撫で顎を掴んでも俺は動け

ずにいた。


「せやけど、こんな何も知らなさそうな可

 愛い顔して調教じみたことまで経験済み

 なんやったら、今年は俺が達樹を美味し

 ゅう頂いても問題あらへんよなぁ?」

「な…に言って……」


 喉が引きつってうまく声が出ない。

 軽いトレーニングを日課にしているとい

う陽都の手に掴まってしまっている状況で、

それでもその手から逃れる自信なんてない。


「達樹がまだ足りひんなら俺の血ぃも吸っ

 てええよ?

 その代わり、達樹は俺が食わせてもらう

 けどな?」


 手首と顎を掴んで捉えたまま鼻先が触れ

そうな距離まで陽都の顔が迫ってくる。

 耳の奥ではうるさいくらい警鐘が鳴り響

く。


「…っ!」


 手首は掴まれたままだったけど体が本能

的に半歩下がろうとして膝に力が入らずそ

のまま膝から崩れ落ちる。

 倒れかけながらとっさに腕が宙を泳いで

指先がカーテンに触れ、揺れるカーテンの

間が細く開いた。

 …ダメだ、立てない…。

 自我を失いフラフラ出歩いてこれ以上誰

かに襲い掛からないようにと食事を絶った

のが仇となった。

 自室に籠って誰にも会わなければ、ハロ

ウィンと満月が重なった夜であっても一晩

くらいは耐えきれると、そう思っていたの

に。


「大丈夫、お兄ちゃん?」


 ベッドから身軽に降りてきたレイが床に

ついた俺の手を掴んで不安げな眼差しで俺

の顔を覗き込んでくる。

 その穢れを知らない幼い顔と共にさっき

俺が噛みついた生々しい傷跡が視界に飛び

込んできてズキリと胸が痛んだ。


「よっ…と。

 相変わらずかっるいなぁ。

 やからもっとぎょーさん食べて体動かさ

 なあかんって言うてるやろ」


 今しがた顎を掴んでいた手を崩れ落ちた

俺の腰に回してきた陽都は、あっさりと俺

を抱き起してしまう。

 しかし立ち上がってもなお腕を離す気配

はなく、逞しい腕が体力の差を歴然と示し

ていた。


「勝手に話を進めないでもらえますか。

 僕と達樹君との話はまだ終わっていませ

 んよ」


 ベッドの上でこちらを振り返る秀一先輩

の冷ややかな目が情けない俺の姿を責める

ように直視してくる。

 秀一先輩の怒りは俺が思っているよりど

うやら深いらしい。

 それがズルズルと先輩との約束を引き延

ばしてきた結果なのか。


「せやから、そないに怖い顔しーなや。

 やるんなら楽しく、気持ちよーやろうっ

 て言うてるやろ」

「お兄ちゃんを泣かせたらボクが許しま

 せんよ」


 俺の両脇を固める二人が秀一先輩の主

張を否と拒むが、根本的にやることはや

るというスタンスは何も変わっていない

らしい。

 というか、むしろ悪化している。

 二人だけでも悲鳴を上げたいのに、何

故レイまで話に加わってきているのか。

 今のこの逃げ出したくても逃げ出せない

状況が、俺にとってはまさに悪夢だ。





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