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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


「頻繁って言っても毎日何百件もやりとり

 してるわけじゃないし、普通だろ。

 バイト先の件は、麗が偶然だって言うな

 らそうなんだろうし…」


 自信が無くて後半は声が小さくなる。

 せっかく馴染んでいたバイト先を変えな

ければならない事情があったのだとしても、

俺達が住んでいる部屋があること以外に縁

のないこの土地を麗が選んだ説明にはなら

ない。

 大学や実家の周辺を探せば、いくらでも

別のバイト先があっただろう。


「麗がそう言ったから?

 それを本当に鵜呑みにしているんですか?」

「そんなこと言われても…」


 苛立ってきたのか詰問口調になってきて

いる兄貴に返す言葉がない。

 俺は麗の返答に対してそれ以上追求しよ

うと思えない。

 それは麗の言葉を信じていたら出ない発

想だし、そもそもがその件を知ったのは麗

が新しいバイト先を決めてしまった後だっ

たというのも大きいだろう。

 例えば以前のバイト先で何か悩みを抱え

ていたのだとしたら、バイトを辞めてしま

う前に相談にのったり愚痴を聞いたりする

ことは出来たかもしれない。

 新しいバイト先を何処にしようか迷って

いるのなら、バイトの求人情報から麗の希

望する条件を探して提案することは出来た

かもしれない。

 けれど実際には全て済んでしまった後で

事後報告されたから、“どうして”と尋ね

た俺に返ってきた麗の答えをそのまま受け

入れるしかなかった。

 毎日電話やメッセージのやり取りはして

いたのに事後報告だったのは少し寂しかっ

たけど、それ以上に麗が一人退屈していた

俺の話し相手になってくれてあれこれと気

を配ってくれていたからあまり気にしない

ようにしていた…というのが本音だ。


「麗が違うバイトを経験してみたかったっ

 て言ったんだから、俺が兎や角言うのは

 おかしいだろ。

 確かに実家からも大学からも遠いし、以

 前と比べてわざわざバイトを変えるほど

 条件がいい所でもないけどさ。

 それに…たとえこの部屋の近所に勤務地

 が変わったってこの部屋に麗は来たこと

 もないし、外で待ち合わせて会うことだ

 ってほとんどないじゃないか」


 麗の気遣いから来る何気ない誘いすら断

らなくてはいけないことが多くて、俺だっ

て心苦しいと感じているのに。

 麗との会話で生まれた罪悪感が蘇ってき

てチクチクと胸を刺す。


「それなのに麗は文句1つ言わないんだぞ。

 いつも“仕方ないね”って笑って済ませて

 くれて…。

 この部屋の近所なのに“迎えに行こうか”

 ってわざわざ言ってくれるのに」


 見ず知らずの淫魔に出会う確率も低いだ

ろうに、麗はその心配すら先回りして“僕

が迎えに行こうか?”と気を回してくれる。

 まして待ち合わせの相手である麗本人か

ら何かされるなんてそれこそ考えられない。

 麗は本当に優しくて気配りのできる自慢

の弟なのだ。


「駆は昔からガードが緩すぎるんですよ。

 特に麗に関して言えば、甘過ぎて目も当

 てられません。

 幼い頃から一緒に育った弟と言えど、一

 度ならず欲望を剥き出しにされた相手が

 まだ気持ちを残している状況でどうして

 そうも簡単に会いに行きたがるのですか」

「ぅっ…」


 ちょっと棘のある返事をしてしまったが

為に兄貴の怒りに触れてしまったようだ。

 問いかけは既に俺を追い立てる為に斬り

込むような鋭さをみせていて、俺は言葉に

詰まる。

 兄貴との問答の際には例えば立場が逆な

ら俺は受け入れられるかとまず考えるのが

身に染み込んでいて、それを考えたら俺も

心穏やかではいられないかもしれないとい

う気持ちが少しだけ湧いてしまったのだ。

 麗を信じているし、実際には兄貴が気を

揉む様なことは何も起こらないだろう。

 けれど例えばそういう相手が兄貴の身近

にいたとしたら、俺だってあまり二人きり

で会わないで欲しいとは思ってしまう。

 何かありそうだからではなく、何かある

かもしれないという不安がつきまとうのは

心地よいものではない。


「麗は昔から駆にべったりでしたし、駆も

 駆で麗にあれこれ構い過ぎていると常々

 思っていました。

 けれどもうその麗ですら二十歳になろう

 としているんですよ。

 いつまでも子供気分でベタベタと兄離れ

 弟離れが出来ないようでは困ります」

「ベタベタって言うほどは…」


 それは一般的な兄弟関係であれば実家

を離れて暮らしている兄弟と毎日頻繁に

やりとりをするということは珍しいかも

しれない。

 けれど俺達の場合は同じパターンには当

て嵌められないと思う。

 本来であれば先に家を出て就職した兄が

忙しくなって連絡頻度が減るという事情が

あるかもしれないが、俺は家事をして小遣

い稼ぎ程度の在宅ワークをこなす間にメッ

セージのやり取りが出来るだけの隙間時間

がある。

 麗もバイトをしているとはいえ講義の間

や休憩時間に短めのメッセージをやりとり

するくらいは難なく出来るだろう。

 俺は息抜きにもなるそのやりとりを歓迎

しているし麗もメッセージのやりとりを楽

しんでくれているようだから、特にやめよ

うとかおかしいとか感じたことはない。

 一緒に暮らしているとはいえただでさえ

多忙な兄貴と過ごせる時間は短いから兄貴

との時間を最優先にしているし、麗とのや

りとりが二人の時間の邪魔をしているなん

て事は万が一にもないんだけど。





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あきゅろす。
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