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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


「何だよ、突然。

 俺が鈍感だっていうのが問題だっていう

 のか?」

「そうですよ」


 打って響くようなタイミングですんなり

と返されて俺は思わず返す言葉を見失った。

 それは揶揄っているのでも意地悪で言っ

ているのでもない、けれどだからこそ余計

に質の悪い直球だった。



「お、俺はそんなに鈍感じゃない…と思う。

 大体、それとこれとは全然関係ない話だ

 ろ」


 否定しようとして、でも呆れ顔の兄貴が

眉一つ動かさないのを見て急に不安になっ

て語尾が小さくなる。

 でもそれがどうして俺の外出禁止と繋が

るのか分からなくて、問題をすり替えられ

る前に疑問を投げかけた。


「いいえ、駆は呆れるほど鈍感ですよ。

 自分がどれだけ愛されているのか、当た

 り前すぎて気づかない」

「だから、それは今関係ないしっ」


 話をすり替えられてしまうような気がし

て焦る俺をじっと見ながら兄貴は静かに断

言した。


「ありますよ。

 麗がどういう目で駆を見ているのか、気

 づいていないでしょう」


 スッと音も反発もなく心の中に兄貴の視

線が切り込んでくる。

 それは俺を傷つける為と言うよりは、た

だただ事実を事実として語っているような

感情の浮かばないそれでもあるように思え

た。


「どうって…」


 動揺して声が震える。

 俺にとって麗は今も昔も大事な弟だ。

 麗も物心つくかつかないかの頃から俺の

後ろをついて歩くような子で、“お兄ちゃ

ん大好き”と言って抱きつかれた経験はそ

れこそ星の数ほどある。

 俺の厄介な体質が判明してからは俺の体

臭のせいでその“好き”が変化して、俺の

腕の中で苦しい胸の内を吐露する場面も何

度かあった。

 俺が兄貴への気持ちを自覚して大学進学

を機に実家を出て兄貴と一緒に暮らし始め

ることが決まった時は反対することこそな

かったけど…。

 でも兄貴の就職が決まって住む場所が決

まった途端に麗はそれまで勤めていたバイ

ト先を辞めて、この部屋の近所にバイト先

を変更してしまった。

 以前のバイト先は今通っている大学にも

近いし、待遇も今とさほど変わらない。

 勤続年数が長い分だけ職場にも慣れてい

ただろうし、時給にも反映されていただろ

う。

 バイト先でバイト仲間と楽しく働いてい

る話もよく聞いていた。

 それを蹴ってまでバイト先を変えたのは、

兄貴が社宅としてこの部屋を借りると決ま

ってから間もなくだった。

 尋ねてみても麗は首を横に振ったけれど、

偶然で片づけるには少々無理がある。

 だけど。


「麗は…大事な弟だよ。

 それは子供の頃からずっと変わらない。

 麗もそうだと思うよ、今は」


 胸の痛みを閉じ込めて微笑む麗を俺には

どうしてやることも出来なかったけれど。


「…気づいていたんですか。

 でもまだその程度では認識が甘いですよ」


 兄貴は本心から驚いたように瞬きをして

いてそれはそれで微妙な心境になったけれ

ど、“まだ”と付け足されて俺は首を傾げ

た。


「俺だってそこまで鈍感じゃないけど。

 まだって?」


 本気で驚いたらしい兄貴の言葉に真っ向

から文句も言えずにチクリと言い返しつつ

兄貴の言わんとしていることを探る。


「確かに麗は物心ついた時から骨の髄まで

 ブラコンが染みついてましたけど、頻繁

 な連絡、アルバイト先の変更はさすがに

 その域を超えています」


 まてまてまてまて。

 兄貴の物言いは明らかに棘があるし、何

だか言っていることはちょっと兄貴が神経

質になり過ぎている節があるような気がす

る。

 まぁ確かに麗の“お兄ちゃん子”具合は

は同じクラスの友達の中ではちょっと頭一

つ分くらい浮き出ていたけど、仲のいい兄

弟ならメッセージのやりとりくらいする。

 麗から“今何してるの?”とメッセージ

が送られてきたら、“仕事中”とか“これ

から食事の用意する”くらいの返事位はす

るものだろう。

 何も四六時中端末を持ち歩いてメッセー

ジを送り合っているわけではないし、あま

り自由に外を出歩けない俺にとってはいい

息抜きにもなっている。

 アルバイトの件に関しては俺もちょっと

首を傾げてしまったけれど、それも麗に直

接尋ねて偶然だと返されたならそれ以上は

追及できない。





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