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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


 …理由は言われなくても分かってるけど。

 というか、もう何度も何度も言い聞かさ

れてきた。

 フェロメニアは病気や事故に遭うより早

く事件に巻き込まれて命を落とす確率が圧

倒的に高い。

 俺を失いたくないのだという兄貴の気持

ちは大学4年の事件後からは特に嫌と言う

ほど繰り返し聞かされてきた。

 本音を言えば、本当は未だに兄貴と一緒

でなければ外出さえさせたくないと思って

いるのだろうというのは容易に想像できる。

 事件以降、兄貴との口喧嘩の原因は突き

詰めるとほぼ全てこれが根っこにあったか

らだ。

 けれどそれでは生活が不便だし俺も息苦

しいと訴え続けての現状だ。

 一切の外出を禁じられていた頃は外に出

られないストレスも相まって激しい口喧嘩

もしていたけれど、それなりの時間が経ち

近所であればさほど危険でないと兄貴が判

断してからは態度が軟化したと思っていた。

 だが麗と一緒に駅前でお昼を食べるだけ

でもまだ兄貴から容易に許可を貰えないら

しい。


「平日とはいえ都内の駅がそこまで閑散と

 しているとでも?

 駅までも少し離れていますから、バスの

 乗り降りもあるでしょう。

 必要性に対してリスクが高すぎます」

「必要性って…俺が麗と一緒にご飯食べる

 だけなのに、必要も不必要もないだろ。

 別に兄貴がいいって言うなら麗をこの部

 屋に呼んでお昼をご馳走してもいいけど

 さ」


 “でも麗をこの部屋に呼ぶのは嫌なんだ

ろう?”と兄貴の表情を伺うけれど、兄貴

はただ黙って湯飲みからお茶をすすってい

る。

 肯定はしないものの否定しないのが兄貴

の本音のような気がして、今までの言動も

含めてやはり俺の思い過ごしではなかった

とひっそりと胸の内で確信した。


「そんなにピリピリしなくても、ちょっと

 駅前に出るくらい平気だって。

 麗が居れば変な奴も寄ってこないだろう

 し」

「犯罪者というのは被害者の隙を狙って犯

 行に及ぶんですよ。

 それに麗と一緒に居れば安全だという保

 障もどこにもありません。

 いないよりはマシかもしれませんが、い

 ざという時に対処するための淫魔として

 の能力は頼りなさすぎます」


 兄貴の態度は硬い。

 仕事上そういう案件を耳にする機会があ

るからか視線がすごくシビアで、高校生の

時とはまた違った重みがある。

 確かに麗と兄貴とでは淫魔が使える魅了

という能力の質が違うのだと母さんが以前

話してくれた。

 淫魔の魅了という能力は相手を魅了し自

分の意思に従わせるという強い暗示能力ら

しい。

 兄貴は相手の視線を思考ごと奪って自分

の意に従わせる傾向が強く、麗は周囲の人

間を心酔させて麗の気持ちを汲んだ行動を

とろうとさせる傾向があるのだとか。

 兄貴の能力は特定のごくごく少数に短時

間で強力に作用するのに対し、麗の能力は

麗を視界に入れる相手に反発を起こさせな

い思考心理のフィルターを通させて緩やか

に作用するらしい。

 俺にはいまいちピンとこなかったのだが、

RPGゲームの攻撃魔法に例えると対象が

単体であれば同じポイントを消費する魔法

でも攻撃力は高い。

 けれどそれを全体にかけようと思ったら

力が分散される分個々に与えるダメージ量

は減ってしまう。

 厳密にはもっと違いがあるらしいのだが、

兄貴は単体攻撃に近い使い方のほうが得意

で麗は全体攻撃に近い方が得意のようだ。

 もし悪意のある相手と対峙することにな

れば相手が複数人でなければ当然兄貴の能

力の方が有利だ。

 状況的に個別に対処できるようなら各個

撃破のようなことが出来るなら少人数の相

手も出来るかもしれない。

 一方で麗は複数人を相手に出来ても暗示

効力は兄貴より弱いし、それは相手が一人

だったとしても効力が強められるわけでも

ない。

 だからもし万が一それが現実になってし

まったら麗では対処しきれないだろうとい

う兄貴の言い分も…まぁ分からなくはない

けど。

 でも、と思う。

 淫魔は人間に紛れて生きているけど、全

体数がそこまで多いわけでもない。

 絶対に遭遇するはずはないとは言わない

けど、その確率はそんなに高いだろうかと

も思う。

 それを面と向かって言えないのは、やは

り大学四年の時の事件が未だに尾を引いて

いるからだけれども。





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あきゅろす。
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