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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


 部屋の中をぐるりと見渡す。

 実家から持ってきた家具や日用雑貨もあ

るけれど、二人で暮らし始めてから一緒に

選んで買った物も多い。

 カーテンや絨毯、食器…それら一つ一つ

に二人で過ごした時間が思い出として刻み

込まれている。

 この部屋に麗を…いや、俺たち以外の人

間に立ち入って欲しくないと兄貴は考えて

いるのだろうか。

 昔から頭のいい優等生で周囲の大人にも

子供にも愛想よく接していたけれど、自分

と他人との線引きはしっかりしていたよう

に感じた。

 兄貴が自分の中で“ここまで”と決めた

距離以上近くには立ち入りを許さない。

 たとえ穏やかな表情を浮かべていたり物

腰柔らかな言い回しであっても、踏み込ん

で来ようとする相手とは距離をとる。

 この部屋は兄貴の中で一番近い場所なの

かもしれない。

 実際にはただ持ち帰った仕事の続きをし

たり寝に帰ってくる為のような生活しか出

来ていなくても、家族が気兼ねなく出入り

していた実家の自室よりはずっとパーソナ

ルスペースに近いのかも。


『僕の全てが駆のものなら、駆の全ては僕

 のものです』


 昔、兄貴が言ってくれた言葉を思い出し

て顔がほんのり熱をもつ。

 締まりがないこんな顔を兄貴に見られた

ら、きっとからかわれるだろう。

 けれどこの部屋が兄貴にとって生活空間

であると同時にとても兄貴のパーソナルス

ペースに“近い”場所なのだろう。

 兄貴と一緒に暮らせる場所が特別なのは

俺にとっても同じだけど、兄貴の心にそれ

だけ近い場所にいるのを兄貴が許容してく

れているのは俺だけなんだって思ったらや

っぱり嬉しい。


「……」


 畳み終わったばかりの兄貴のシャツに顔

を埋めて隠す。

 深呼吸をすると洗い立ての洗濯物の香り

がして、でもその中に兄貴の匂いを探して

しまう。


 あぁ、兄貴に触れたい。

 抱き着いて、キスして、兄貴の心音を聞

きたい。

 エッチしたいなんて我儘は言わないし疲

れて眠ってる兄貴を起こさないように気を

付けるから。


「今週は休みかなぁ、兄貴…」


 シャツから顔を上げて小さな声で呟く。

 先週の土日も結局兄貴は休日出勤になっ

てしまったから、今週は家でゆっくりして

欲しい。

 ソファに座って一緒にコーヒーを飲める

だけでいいから二人で過ごせる時間が欲し

い。

 難しい顔でページをめくる横顔は家に

いてもやっぱり仕事モードになっていて、

俺はちょっと寂しいから。

 でも毎日ちょっと疲れた顔で帰ってく

る兄貴に構ってほしいなんて我儘は言え

なくて、結局俺に出来ることといったら

そんな兄貴の気が散らないようにコーヒ

ーを淹れたり兄貴のYシャツのアイロン

がけをしたりするのがせいぜいなのだ。

 休日出勤のない休日ですら仕事してる

兄貴の横でゴロゴロなんて出来ないし、

兄貴がちょっとでも仕事しやすいように

俺は家事で応援したいから。


「……」


 でも、と腕の中のシャツを見下ろす。

 好きだからこそ触れたいのも正直な気持

ちで、兄貴の唇に最後に触れたのはいつだ

ったかと無意識に唇を指先でなぞってしま

う。

 兄貴の邪魔はしたくない。

 でも、兄貴に触れたい。

 二つの気持ちの間でいつも俺は揺れ動く。

 いつも決まって真剣な兄貴の横顔を見て

いたら後者の気持ちはスッと萎んで俺の心

に波紋を生んで沈んでいく。


「…夕飯の支度しよ」


 誰もいない部屋で悶々とした気持ちを打

ち切るために呟いて、俺は洗濯物を抱えて

立ち上がった。




「ダメです」


 俺の作った夕食を綺麗に食べ終えた兄貴

はお茶をすすりながら俺の言葉を遮った。


「でも麗に会うのだって久しぶりだし、そ

 れに麗だって最寄り駅まで来てくれるん

 だからそこまで心配することなんてない

 と思うんだけど」


 たった一言で俺の言葉を一刀両断した兄

貴に食い下がる。

 平日昼ならあまり混んでもいないし、他

人の目が届かなくなるような事もないだろ

う。

 成人してもう何年も経つ男が弟とご飯を

食べに行くだけなのに、どうしてそこまで

態度が頑ななのか。





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