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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


 でも兄貴は仕事が忙しいからとか適当な

理由をつけて頑として麗を部屋に上げよう

としない。

 兄貴が家主である以上、俺も兄貴の了承

がないと麗を部屋に上げるのはなんとなく

憚られてしまうのだが。


「うーん…。それは難しい、かな。

 昼間だったら近所の公園くらいまでなら

 俺も出ていけるんだけど」


 言葉を選びながら答える俺に対して麗は

電話の向こうで小さな溜息をついた。


「どうした?」

『ううん。何でもない。

 この分じゃ、兄さんに会えるのは当分先

 なのかなーってガッカリしただけ』

「あ、ごめん」


 麗はおそらく随分前から俺の気持ちに気

づいている。

 俺が大学に進学する時に兄貴の部屋で一

緒に暮らすと告げるより前から、多分。

 けれど決して深くは踏み込まず、一定の

距離を保ってくれている。

 弟として相応しい距離感をと頑張りなが

ら、ふと俯いた顔が一瞬泣き顔より辛そう

な笑顔になったのを俺は見てしまったこと

がある。

 不用意な言葉を選べば余計に傷つけてし

まいそうで、麗にとって一番良い距離を心

がけてきたつもりだ。

 俺は兄貴と一緒にいることを選んだから。

 兄と弟でもあり、共に生きる相手として。

 だけどそれは同時にずっと俺を慕ってく

れていた麗の気持ちが兄弟としてだけでは

ないのだと懸命に訴える麗に、俺が応えて

あげられないということでもあって。

 いつの頃からか無邪気にくっついてくる

こともなくなった麗にちょっとだけ寂しい

と思ってしまったけれど、それはせめて態

度には出さないでいようと努めた。

 麗がどんな風に自分の気持ちに折り合い

をつけて俺の弟として振舞ってくれている

のか、その痛みは俺には分からない。

 だけど普通の兄弟としての距離を保つこ

とが麗にとってきっと一番ダメージが少な

いのだろうと考えていた。

 それでもあえてこの部屋に近い場所をバ

イト先に選んであろう麗の気持ちはどうだ

ったのだろうとも考える。

 多忙な兄貴の代わりに、万が一何かあっ

た場合に動けるようにと傍にいてくれよう

としているのかもしれない…なんて考えは

俺の傲慢だろうか。

 麗には麗の人生があって、たまたま麗の

望む条件で働ける職場がこの部屋の近所に

あったのかもしれない。

 だけど麗は幼い頃から優しい性格で、俺

を大好きだとずっと言ってくれていたし今

でも仲の良い兄弟として接してくれている。

 もしかしたらと思う一方で、会う事さえ

ままならない現状は麗に負担だけをかけて

いるような気もして心苦しくもあった。


『いいよ。

 兄さんが悪いんじゃないから』


 “どうせ秀兄さんでしょ?”という麗の

呆れた声が聞こえてきそうだ。

 麗は察しがいいから、麗を部屋に上げよ

うとしない兄貴の思惑には気づいているだ

ろう。

 兄貴と麗は子供の頃から微妙な距離感を

保っている。

 たまには俺を挟んでいがみ合っていた時

期もあったけれど、それ以外の事に関して

はいたって普通な関係だと思うのだが。


「麗、平日の昼間にちょっと時間とれるん

 だったら飯食いに行こうか?

 駅前までだったら、兄貴も嫌な顔はしな

 いと思うし」


 人通りの多い休日ならばともかく、平日

ならばそこまで混雑はしないだろう。

 麗も大学の講義があるだろうし、せめて

駅前までは出ないと会えても時間が短くな

ってしまう。

 本当ならば麗が通う大学の最寄り駅と言

いたいところだけど、さすがにそれは兄貴

の了解を得るのにハードルが高すぎる。

 事件の後、買い出しの為の近所のスーパ

ーでさえ俺が出歩くのを嫌がってネットス

ーパーで済ませようとした兄貴だから。

 近所のスーパーや公園に出る許可を得る

のでさえだいぶ時間がかかったし、たまに

読み聞かせのボランティアに行く図書館に

は未だに一人で行かせてもらえないのだ。


『それなら…明後日かな。

 1コマ目だけ出たら次は午後からだから』


 嬉しそうな麗の声のトーンが上がる。

 すっかり声変わりしてしまっているけれ

ど、ふと俺に笑顔で纏わりついてきていた

時期を思い出して頬が緩む。

 幼い頃には少女か天使かと周囲に目を細

められていた麗はすっかり甘いマスクのイ

ケメン王子様になっていてクリスマスやバ

レンタインは大変なことになるらしい。

 きっと兄貴と同じ苦労を味わっているん

だろうと思うけれど、そういう麗だからこ

そちゃんとした相手がいずれ見つかるだろ

うと内心ではこっそり安心していたりする。

 きっと麗はいつかお似合いの誰かを見つ

けて、幸せになれるだろうと。

 いや幸せになって欲しいと思うのは俺の

願いであると同時に、贖罪のような気持ち

でもあるのかもしれない。

 待ち合わせの日時を決めて少し話した後、

麗との通話は終わった。





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あきゅろす。
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