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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


『ねぇ、兄さん。

 次はいつ実家に帰ってくる?』


 電話越しで久しぶりに聞く麗の声は大人

びていて、ちょっとドキッとしてしまう。

 高いテノールの音域を歌えたその声は変

声期を終えて兄貴の声に少し似ているから

だと思う。


「どうだろ…。

 兄貴の仕事の量次第かな」


 イヤホンマイクで通話をしながら、俺は

さっき取り込んだばかりの洗濯物を畳む。

 大学の法学部へと進んだ兄貴は、その後

2年の大学院を出て司法試験を受けた。

 兄貴は宣言通り司法試験をストレートで

合格した後に司法修習を1年受け、そして

念願の検察官になった。

 弁護士と迷っていた時期もあったらしい

けど、兄貴が望んだ通りの道を選びとれた

ことは兄貴の努力が実を結んだ結果だから

俺も凄く嬉しかった。

 けれど公務員と言っても検察官の仕事は

忙しいらしく、何もない時期であっても帰

宅は夜9時を回る。

 本当に忙しい時期は日付を跨ぐこともあ

り、持ち帰りの仕事もしょっちゅうだ。

 休日である土日さえもよく休日出勤して

いるし、出勤しなかったとしても過去の判

例を読み込んだりと検察官としての勉強に

費やしていて、いつか倒れてしまうんじゃ

ないかと気を揉んでいる。

 俺はというと大学が近かったこともあり

兄貴が一人暮らししていた部屋に転がり込

んだ。

 大学で出されたレポートと司法試験の為

の勉強のみならず家庭教師のアルバイトも

続けていてはさすがの兄貴も家事までは手

が回らず、その面倒を見る為に…というの

が表向きの理由だ。

 本当の理由なんて簡単で、そんな生活を

している兄貴と別で暮らしたら会える時間

なんて殆ど無くなってしまうから。

 実家とはいえずっと一緒に暮らしてきた

し、一人暮らし用の部屋が多少手狭になる

とはいえ二人で住むのにそこまでの不便は

なかった。

 兄貴が検察官になってからは家族用の公

務員宿舎を用意してもらったので、今は住

まいに関しても不満はない。

 あるとすればただ一つ。

 一緒に暮らしているのに全然二人の時間

がとれない事、だろうか。


『秀兄さんは忙しいかもしれないけど、兄

 さんだけなら帰ってこられるよね?』

「それは…」


 私生活の時間が全然とれない兄貴の代わ

りに家事の一切を引き受けている他、俺は

在宅で翻訳の仕事をしている。

 やり始めたばかりの頃は小さな仕事をた

まにこなす程度だったけれど、今はちょっ

としたコラムやエッセイなんかの仕事も回

してもらえるようになってやりがいを感じ

るようになった。

 …本当はちゃんと一般企業に就職してサ

ラリーマンになろうとしていた時期もあっ

た。

 でも就活に力を入れていた大学4年の時

にある事件が起こって、俺はこの体のまま

友達やクラスメイト達と同じように普通に

働くのは難しいのかもしれないと考えを改

めた。

 それまで俺の就活に良い顔をしていなか

った兄貴が“これ以上自分の身を大事に出

来ないのならこのままここに監禁します”

と冷ややかに激昂したのにも背中を押され

て俺は企業への就職を諦め、家事と多忙な

兄貴の身の回りの世話をするからと両親や

麗には言い訳をして同棲を継続している。

 けれど家事をしても暇を持て余していた

俺は在宅仕事ならばと兄貴の了承を得て少

しずつ翻訳の仕事をし始めたのだった。

 ネット接続できるパソコンさえあれば俺

の仕事は実家に帰っても出来るけれど、兄

貴はそういう訳にはいかないだろう。


「でも俺がいないと兄貴が困るから。

 また元旦にでも顔を出すよ」


 本当は多忙な兄貴が帰宅してベッドに入

るまでの細やかな時間だけでもいいから話

をしたいだけなんだけど。

 それでも本心では足りないと思ってしま

うのは…俺が我儘だからだろう。


『じゃあ…今から行ってもいい?』

「えっ、今?」


 急な提案に驚き、そして戸惑う。

 麗は高校時代にもアルバイトをしていた

けれど、大学に入って暫くしてからバイト

先を変えた。

 麗が通う大学や借りている一人暮らしの

部屋からは少し遠いが、兄貴と暮らしてい

るこの部屋には歩いてでも来られる距離だ。

 だからか、麗はよくこの部屋に来たがっ

た。

 もしかしたらその為に今のバイト先に変

えたのかもしれないとも思ってしまったの

は、それまで勤めていたバイト先で何かト

ラブルがあって辞めたという訳ではなさそ

うだったから。





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