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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode



「俺はあの男から日本語を習ったことは後

 悔してへん。

 流暢な日本語を話すイングランド人の親

 戚より、よっぽどインパクトあったやろ?」

「そういう問題…」


 ショットグラスをテーブルに置いて白い

歯を見せて笑うクロードに呆れ半分苦笑い

半分で返事を返す。

 確かに印象としては強烈だったけど、だ

からと言ってその印象に引っ張られたわけ

ではない。

 太陽みたいな笑顔とか、驚くような行動

力とか…周囲を巻き込んでおきながら悪気

なくはしゃぐいたずらっ子みたいなクロー

ドに振り回されるのは困るけど楽しかった。


「まぁ、確かに今の俺がいきなりものすご

 く丁寧な日本語で喋りだすクロードを見

 たら違和感しか感じないだろうけどさ。

 でもヘンテコな日本語だけじゃないから、

 クロードの印象って。

 出会った時からすごく上手に日本語を話

 してても、やっぱり好きになったと思う

 し」


 だから別にヘンテコな日本語のおかげじ

ゃない。

 内心そう思っていたら、フッとクロード

の笑みが優しくなった。

 素直に言葉を並べただけだけど、なんだ

か急に恥ずかしくなってわざとちょっとだ

け視線を外した。


「そやなぁ。

 ほな、ちゃんとした日本語は駆に教えて

 もらおか」

「えっ!?

 い、いや、俺は教えられるほど日本語の

 知識多くないしっ」


 クロードの言葉に慌てて顔を上げ首を横

に振る。

 クロードが日本語を習ったという怪しい

男の知識はちょっとどうかと思うけれど、

だからといって俺がキチンとした日本語を

教えられるかというのとは別問題だ。

 それこそ日本語講師を雇ってくれた方が

俺の何倍もの知識をクロードに教えてくれ

るだろう。

 俺も俺自身が喋っている日本語が100

%正しいとは断言できないのだ。


「ええよ、それで。

 俺が日本語で喋りたい相手は駆だけやか

 ら。

 駆の心にストレートに通じる言葉で話せ

 れば、それでええねん」


 ドクンッ


 クロードの浮かべる笑みは極上の砂糖菓

子みたいに甘くて、それを真正面から受け

止めてしまった俺の顔は一瞬で耳まで茹で

上がる。

 視線を伏せてみてもドキドキしすぎて食

事どころではなく、心が羽毛で擽られ続け

ているんじゃないかとさえ思ってしまう。

 クロードにはバレているんだろうか。

 クロードが薦めてくれた童話を毎日翻訳

し続けている本当の理由。

 いつかクロードの母国語で会話できるよ

うになりたいという俺の願いが。

 たとえそうでなかったとしても、クロー

ド自身が俺と同じ理由で俺にとっての母国

語を喋れるようになりたいと思ってくれて

いることが素直に嬉しい。


「駆?どないしんたん?」

「な、なんでもない…っ」


 さすがに真っ赤になっている顔はあげら

れなくて、俺は中断していた食事を黙々と

再開したのだった。




「……」


 クロードがシャワーを浴びている間、俺

はベッドの上で寝転びながら童話集を開い

ていた。

 もう自分で翻訳してしまった部分は原文

しか書いていない童話集をそのまま読んで

みても何となく意味が分かる。

 吸血鬼でありながら吸血行為を拒んで一

人森の館に閉じこもった王子。

 人間なら何も食べず何も飲まずに飢え続

ければ長くは生きられない。

 けれど吸血鬼の王子は血を飲まずに長い

間生き続けている。

 吸血しなければ生き続けられない自らの

体にも吸血鬼本来の長い寿命にも絶望し、

飢え続けながらも。

 その飢え続ける意識が途切れた時が絶望

からの解放だと信じて疑わない。

 だから館に迷い込んできた人間の少女は

ただただ面倒でしかなかった。

 けれど王子はどうしてそんなに長く生き

続けられているのだろう。

 人間と吸血鬼は違う種族だからとか、こ

れはおとぎ話だからだと言われてしまえば

それまでなのだが。


「まだ読んでるん?

 熱心やなぁ、駆は」


 シャワーの水滴がまだ少し残る髪をタオ

ルで撫でながらクロードが部屋に入ってく

る。

 俺はちょっと顔を上げてクロードの姿を

確認し、ベッドの上を転がってベッドの片

側へと身を寄せた。

 とは言ってもキングサイズのベッドなの

で、クロードと二人で眠っても広々として

いるんだけれど。


「熱心ってわけじゃないけど、気になっち

 ゃってさ。

 この話さ、バッドエンドじゃない…よな?」


 欧米の童話でも青髭やヘンゼルとグレー

テルのようなエンディングが決してハッピ

ーエンドで終わらない話は幾つもある。

 童話そのものがそもそも親が子供に読み

聞かせる為に作られた話ではないというの

が大きな理由だ。

 今でこそ子供に読み聞かせるための童話

というのも生まれているだろうけれど、そ

もそも不可思議な話だったり実際にいる人

物を動物に置き換えた実話が長いあいだ口

伝されたものが童話の原型だからだ。





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あきゅろす。
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