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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode



 だけど、それでも“永住”という言葉は

特別だ。

 それが日本を捨てるということでもなけ

れば、二度と帰れなくなるということでも

ないけれど。

 言葉も文化も違うイギリスで生きていく

…就職が他県に決まって引っ越しをすると

いうのとはちょっと次元が違い過ぎて比べ

られない。

 今でもクロードが仕事中はちょっとした

外出なら行ってきてもいいと言ってくれて

いる。

 ただし一つだけ条件があって、必ずカイ

ルを同行させるようにと。

 カイルなら見知っているし気心も知れて

いる分、クロードを公私ともにサポートし

てくれている他の従者を宛がわれるよりは

随分と気が楽だ。

 カイルが居てくれたら魅了の能力がない

俺でも店員との会話に困ることはないし、

バスや電車移動に困ることもない。

 でもクロードが本当に心配しているのは

その為じゃない気がする。何となくだけど。

 俺の傍にいる時のカイルはいつも通りつ

っけんどんで愛想もなくて必要最低限の言

動しかしてくれない。

 けれど外出時とこの家に帰ってきた時の

気の張り方が違う気がする。

 俺の話をつまらなそうに意図的に聞き流

すのはいつものことだけど、外出時は視線

がさりげなくあちこちに向いている。

 それはまるで警戒しているみたいで…だ

から多分、それは俺が他の淫魔と接触しな

いようにとクロードに言い含められている

気がするのだ。

 だとしたら、例えば買い物をするにして

も買う物やその個数があらかじめ決まって

いるものはカイルが一人で買ってきてしま

うほうが早いはずで、たまにカイルがそっ

ぽ向きながら忌々し気に毒づくのも納得が

いく。

 けれど現状でそうであれば、それは俺が

どれだけネイティブな英語を身につけても、

ここでの生活に慣れても、一人では近所す

ら出歩かせられないということで。

 そんな国に永住?という疑問が頭から離

れない。

 それは母国は日本だと思うのとはまた違

う意味で俺の不安を掻き立てるのだ。

 クロードの庇護下で高級な衣食住を約束

されて一生掌の上で可愛がられていること

が幸せだろうか?

 きっと、多分、クロードはそれでも構わ

ないと言いそうだけど。

 けれど一方で日本とイギリスは海を挟ん

で遥か遠く、行き来だけで片道12時間と

いう長いフライト時間と結構な出費になっ

てしまう。

 クロードに日本に永住してくれなんて途

方もない我儘は、たとえ口が裂けても言え

ない。


「それは…その、まだ気が早いと、思う…」


 語尾に近づくにつれ声が小さくなる。

 今までクロードがどれだけの時間とお金

と労力とを俺に注ぎ込んでくれたのか、考

えたら気が遠くなる。

 それをまだ今後も続けてくれ、なんてそ

れこそ物凄い我儘なような気がして…でも

そうしなければクロードには逢えないんだ

と思ったら来ないでくれとも言えない。


「そないなしょげた顔して、どないしたん?」


 目を伏せた俺の頬をクロードの掌が撫で

て顎にそっと指が回る。

 クロードの指先に促されるように視線を

上向けるとクロードの楽しげなそれとぶつ

かった。


「日本とイギリスってなんでこんなに遠い

 んだろうって…」


 例えば日本と韓国くらいの距離なら話は

きっともっと簡単だったのに。


「それは今更しゃーない。

 そりゃ俺かて、もし子供の頃から駆がお

 隣さんやったら駆の“ハジメテ”は俺が

 美味しゅういただいたけどやな」

「って、コラっ。

 子供の俺に何てことしようとしてるんだ

 よっ?」


 しょんぼりした気持ちはクロードの言葉

を想像して掻き消えた。

 以前に写真で見せてもらったことのある

幼いクロードにキスをすっ飛ばして押し倒

されるところを想像してしまって、とんで

もないと首を振る。

 いくらなんでも、ヒドイ。


「そやかて、子供の頃の駆も可愛いかった

 やろうからなぁ。

 俺、我慢せーへんと思うし」


 “我慢できない”ではなく“我慢しない”

というのが何ともクロードらしい。

 楽しげな笑みを浮かべるその顔が何とも

子憎たらしくて、頬を左右に抓ってやりた

い。

 やらないけど。





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あきゅろす。
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