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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode



 微かに震える指先でそっとノートを閉じ

る。

 今日は何だか疲れたから翻訳はこれまで

にしよう、と席を立つ。

 この話を薦めたクロードに他意はないだ

ろう。

 きっとクロードなりに俺に読んで欲しい

シーンや結末があるんだろう。

 境遇を重ねてみたら共通点があって辛い、

とは言いたくない。

 俺はクロードを信じてる。

 1人で思い悩むより、2人で考えた方が

きっと良い案が浮かぶだろう。

 俺はクロードが帰ってくるまでの残りの

時間で大学の課題を消化してしまおうと決

める。

 去年の夏休みは結局、離れがたさが勝っ

て結局ギリギリまでこっちで過ごしてしま

った。

 夏休みの課題は全部終えて先に日本に送

っておいたけれど、時差ボケだけはどうし

ようもなくて休み明けの講義で欠伸を連発

してしまい教授に睨まれたりした。

 クリスマスからの正月休みの時はなるべ

く早く帰国しようとしたけど、次に会える

時までの充電をしたいというクロードに応

えて結局はその…腰が立たなくなってしま

って。

 イースターの時はさすがに学習して…と

いうかそのタイミングで来日したことにま

ず驚いた。

 キリスト教徒の多いイギリスではクリス

マス以上に大切なイベントらしいんだけど、

日本にはそもそもイースターを祝う習慣が

なかったから国際通話で当日の予定は聞か

れたけどクロードがまさか渡英を考えてい

るとは思わなくて前触れもなく突然来日し

たように感じて驚いた。

 イースターの時は金曜の夜に迎えに来ら

れて月曜日の夜に合わせて帰国したので、

時差ボケもそこまで酷くはなかったけれど。


「よし、コーヒー淹れてこよう」


 クロードと色とりどりのゆで卵にチョコ

ペンで顔を描いた楽しい思い出を振り返っ

て気分を復活させ、クロードがロングバケ

ーションに入る前にちゃっちゃと大学の課

題を終わらせてしまおうとキッチンへと向

かった。




「…どう?」

「うん。合うてるよ」


 手渡したノートを文字を目で追いながら

口角を上げているクロードの横顔を見つつ

尋ねると、クロードはノートから顔を上げ

て腕を此方に伸ばしてきた。


 ポンポン


「…?」


 大きな掌で頭を撫でられてきょとんとし

ていると、ノートをテーブルに置いたクロ

ードの腕の中にすっぽりと抱きしめられた。


「なに…?」

「いやぁ、駆がこんなに頑張ってくれるや

 なんて感動もんやなぁって」

「そりゃ…俺だってクロードとちゃんと喋

 りたいし」


 いきなり喋るのは無理だと思うから、当

面の目標はクロードにクロードにとっての

母国語で手紙を書くことだ。

 クロードの場合は父方の実家がアイルラ

ンドにあって母方の実家はイングランドに

あるらしい。

 クロード本人はイングランドでずっと暮

らしてきて、仕事絡みでフランス語やドイ

ツ語やなんかも話せるみたいだ。

 文法やイントネーションはあれだけど、

まぁ日本語も不自由しない程度には話せて

いる…と思う。

 そんなクロードの母国語ってなるとやっ

ぱり英語なのかな?とも思うけど、クロー

ドがたまにカイルに話しかけてるのはネイ

ティブな英語ともちょっと違う気がする。

 つまりそれがどこの言葉のミックスなの

か分かったら、クロードにとっての母国語

が分かるんじゃないかなという気がしてい

る。

 …まぁ、差し当たってカイルの協力がな

いとクロードにサプライズで手紙を書くこ

とは出来ないだろうけど。


「ん、くすぐったいって」


 大人しく抱きしめられていたら感動して

いるらしいクロードに顔じゅうにキスをさ

れてしまい、触れる唇とかかってくる吐息

でくすぐったくなって小さく身をよじる。


「やっぱり、ええなぁ。

 そないに駆が一生懸命に勉強してくれて

 るんやって思うと、嬉しうてたまらん。

 もうこのままこっちに永住してまえばえ

 えのに」

「それは…」


 クロードがたまに口にする“永住”とい

う言葉が胸の内側でボールのように跳ねた。

 大学に入学した当時はクロードの願いを

叶えることも、かといって突き放すことも

出来ずに苦しかった。

 クロードに誘われるまま、勢いだけでプ

ライベートジェットに乗ってしまった時は

久しぶりにクロードに会えたことで浮かれ

すぎて大それたことをしてしまったと後悔

もちょっとだけした。

 けれど2カ月近くこっちで過ごす内にや

っぱり離れがたくなって、フライトの前夜

は霧で欠航になればいいのに…と思ってし

まった。

 クリスマス休暇は多少の不安はありなが

らも指折り数えるほど待ち遠しくて、イー

スターなんて唐突に現れたしイギリスに滞

在していられる時間なんて月曜日の講義を

丸々欠席しても移動時間と睡眠時間を除け

ば1日しかなかったのにジェット機に飛び

乗ってしまった。

 日本を離れてイギリスで暮らすという生

活が少しずつ俺の中で当たり前になってき

ている今、クロードの言葉は決して俺の心

に負荷をかけない。

 いや、負荷をかけるばかりではない、と

いうのが正しいかもしれない。

 クロードと毎日会えるのは嬉しいし、何

不自由のない生活の中で俺のペースで少し

ずつイギリスという国を理解して体験して

いけているとも思う。





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