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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode



 容器に残ったおやつの残りまで綺麗に舐

めとった猫にそっと手を伸ばして撫でると、

猫はもともと人懐っこい性格だったのか自

分から掌に頭を擦りつけてきた。


「くすぐったい」


 ふわふわで温かい猫の温もりに安心した

俺は様子を見ながらそっと猫を抱き抱えた。

 特に抵抗することもなく俺の腕の中に収

まった猫は、体を撫でると気持ち良さそう

に目を細めた。

 日頃からこの公園に出入りしている猫な

らば、色んな人とのふれあいが沢山あって

こういうことに慣れているかもしれない。

 猫を抱いたままゆっくりとしゃがむと、

子供たちと同じくらいの目線になった。

 俺が目の前に子猫を見せると、子供たち

は目を輝かせ背中の尻尾をピンと立てて俺

の腕の中にいる子猫を見守り続けている。


「見たところこの子は何も持ってなさそう

 だけど…。

 大事なものって何かな?」


 首輪以外に何かを咥えているわけでもな

い猫がこの子供たちにとって大事な物を所

持できるとは思えなかったのだが確認の為

に尋ねてみる。

 単にこの猫を撫でてみたかったというだ

けなら、今少しだけ撫でさせてもらえれば

満足するかもしれないという期待もあった。


「それ。

 我々の、大事な物」

「それ…?」


 子供が指さしたのは猫の首元で、首輪の

あたりをそっと探ってみると首輪に何か硬

いものがぶら下がっている感触があった。

 ふわふわの毛を分けて取り出してみると、

数字の8を横に倒したような形のラメ入り

の飾りだった。

 100円ショップに行ったら似たような

飾りのついたキーホルダーが置いてありそ

うな感じの。


「これ?」

「うん…」


 これが大事な物?とは思ったが、俺自身

も子供の頃に大事にしていのは似たような

物だったと思い直す。

 成長した今なら“どうしてあんな物を大

事にしていたんだろう”と思うような物で

も、子供の頃はそれが大事な宝物だった。

 だからこの子供たちにとってもこの飾り

が大事な宝物なのだろう。


「これは君たちの物で、この子の飼い主が

 それを拾ってこの子の首輪に着けちゃっ

 た…っていうことでいいのかな?」


 確認の為に一応尋ねると、子供たちは一

生懸命に首輪を縦に振って肯定した。

 その顔を見て、この猫の首輪の飾りをご

っこ遊びの戦利品にしているわけではない

のだろうと思えた。

 この子たちが落としたこの飾りを、この

猫の飼い主が道端に捨てられたものとして

判断して猫の首輪につけたのかもしれなか

った。


「あーっ、チビ共!」


 背中の方から聞き覚えのある声が響き、

その声を聞くや3人はビクッと震えて不安

げな目で寄り集まる。

 猫を抱えたまま振り返ると、そこにいた

のはジャージ姿の白浜先輩だった。

 陸上部員で中距離を得意とする先輩だ。

 以前、新聞部の活動で取材させてもらい、

校内新聞を書かせてもらった経緯がある。

 今もランニングの途中だったのかタオル

を首から下げ息を切らしていた。


「白浜、先輩…?」

「ん?桐生じゃん。

 あ、それウチの猫。

 またそいつらウチのチビいじめてたのか?」


 俺の腕の中の猫を見るなり歩み寄ってき

て、白浜先輩がこちらに手を差し出してく

ると俺の腕の中にいた猫はすんなりと白浜

先輩の腕に移動した。

 猫は白浜先輩の腕の中に収まるとすっか

り落ち着いたように尻尾の先を揺らした。


「いえ、いじめてはないですけど…」


 とりあえず決定的な瞬間は見なかったか

らと否定しておいたが、さすがに金属の棒

を持ち出してきた場面を見たら飼い主とし

ては飼い猫が幼稚園児にいじめられている

と思うかもしれない。


「そいつらさ、ここんとこずっとウチのチ

 ビにつきまとってんだよ。

 オレが見てる前でなら撫でていいって言

 っても怖がって逃げてくくせにさ」

「あー…」


 何と言えばいいのか苦笑いしか浮かばな

い。

 白浜先輩は竹を割ったような性格だから

裏表はない人だけど、男勝りというか不思

議と風格みたいなものがある人だ。

 そんな人が仁王立ちで見ている前で猫を

撫でていいと言われても、多分この子達な

らば逃げ出すだろう。

 この子たちはきっと白浜先輩が思うより

ずっとナイーブだ。

 ただ宝物を返してほしいという事も怯え

て上手く伝えられなかったのかもしれない。

 …さすがに悪意のない白浜先輩にそんな

ことは言えないけれども。


「あの…その子の首輪についてる飾りって、

 最近拾ったものじゃないですか?」

「うん?これ?

 これは何日か前にこの公園の茂みに落ち

 てたんだけど」


 猫の首輪の飾りを手に取りながら白浜先

輩は事の経緯を話してくれた。


「あっ、まさかこれ桐生のだったのか?」

「いえ、俺じゃなくて…」


 笑いながら振り返る。

 3人で集まって縮こまっていた子供達は

怯えた顔をしたが、そのうちの一人が勇気

を振り絞ったように言葉を発した。



「我々の、大事な物」

「なんだ、お前らのだったの?

 だったらさっさと言えよー。

 ウチのチビに付きまとう変なチビ集団だ

 と思うだろー」


 白浜先輩は呆れた顔で猫の首輪から飾り

を外し、それを子供たちに差し出す。

 誰がそれを受け取るかと無言で視線をや

り取りしていた子供たちは、やがて一番前

にいた子が意を決したようにその飾りに飛

びついた。


「もうウチのチビを付け回すなよー?

 撫でたくなったらちゃんとオレに言いに

 こい。

 わかった?」


 手の中に戻ってきた宝物を見下ろして頬

を紅潮させて喜んでいた子供たちは白浜先

輩の言葉も分かっているのかいないのか何

度も頷いている。

 その様子を見て白浜先輩はやれやれとい

う様子で立ち上がった。


「あのチビ共は桐生の知り合いなのか?」

「いえ、さっき会ったばかりで」

「初対面のチビ共の世話してたのか?

 暇だなー、お前」

「あはは…」


 飾りを掲げて飛び跳ねて喜ぶ子供たちを

眺めながら白浜先輩の言葉には言い返せず

笑い声で返す。

 暇というわけでもなかったが、かといっ

て素通りできなかった。

 ただそれだけなのだが。


「これ、お礼!」


 しばらく飛び跳ねて喜んでいたと思った

ら、3人の中で一番勝気な子が駆け寄って

きて俺の手に何かを渡してきた。

 何を握らされたのか手を開いて確認する

と、そこにあったのは大玉のキャンディだ

った。

 子供らしい“お礼”だな、と思わず顔が

綻ぶ。

 俺も子供の頃はこんなキャンディも大事

に食べたな、と思い出す。

 何か特別な日まで大事にとっておいて、

食べる時は一生懸命に大きな飴玉を右にや

ったり左にやったりして頬張った。

 宝物を取り戻す手伝いをしたお礼、とい

うことなのだろう。

 その感謝が嬉しかった。


「この星、楽しかった!

 怖い異星人いたけど、お前、良い奴!

 また、きっと、来る!」

「えっ、えっ??」


 今テレビで放送しているヒーロー物の番

組は宇宙を舞台にでもしているんだろうか。

 探偵団ごっこじゃなくてヒーローごっこ

だった、とか…。

 しかし“また来る”って何だろう。

 近所だからまたこの公園に遊びに来るし、

その時に遊んでくれって事でいいんだよな

…?





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あきゅろす。
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