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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


「ん…」


 小さく身じろぎすると、それで俺の目覚

めを察したようにクロードは俺に笑いかけ

てきた。


「起きたん?」

「うん。おはよう」


 目線を上げて笑い返すと、触れるだけの

キスが唇を擽った。

 下半身には眠って覚めてもまだ倦怠感が

残っているけど、それ以上に心が満たされ

ているから少しも苦ではない。


「これから何処に行くんだ?」

「本邸。

 イングランドに着いて早々で悪いねんけ

 ど、父上に顔見せに行かなあかんねん。

 それが終わったらゆっくりしよ」

「クロードのお父さんっていうと…」


 3年前の記憶が蘇る。

 俺が会いに行っても大丈夫なんだろうか。


「最初の日本行きの件も融通してもろたし、

 今年の夏のバカンスも確実にゲットせな

 あかんし。

 顔見せしといたほうが有利に進むやろ」


 確かに1カ月以上もお世話になるんだか

ら、挨拶位しなければ失礼になるだろう。

 ただクロードに言われるまま何も準備し

てこなかったから、事前連絡もしていない

し手土産だって用意していない。

 これで顔だけ見せに行ってもやっぱり失

礼にならないだろうか。

 実を言うとそれ以外にも心配なことが色

々とあるんだけれども…。


「いいのかな。

 何も準備していないけど…」

「ええよ、準備なんて。

 駆は顔だけ見せれば十分や」


 そうだろうか。

 でもこれから本邸に向かってそのまま会

うのなら用意する暇はないんだけど。

 考え込む俺の頭にクロードの掌が触れた。

 不思議に思ってクロードに視線を向ける

と、髪をゆっくりと撫でられた。


「何?」

「日本に着いてすぐの時は駆をイングラン

 ドにどうやって連れ帰ろうかって、それ

 ばっかやったなぁて思ってな」


 出会ったばかりの頃のクロードというと

エッチな悪戯ばかりされていたような気が

する。

 それで兄貴や麗を怒らせたり心配させた

りで本当に大変だった。

 クロードはクロードで板挟みだった俺の

気持ちなんて全然考えてくれないし。

 その態度そのものはあの頃とあまり変わ

っていないような気もする。

 変わったのは、きっと俺への態度だ。

 あの頃のクロードも悪戯大好きだったし

俺を振り回して困らせることなんてしょっ

ちゅうだったけど、今のクロードの方が優

しい気がする。

 大事にされてるって実感する瞬間も増え

たように思う。


「あの頃は絶対にイングランドへ連れ帰る

 って思っとった。

 今でも駆がイングランドへ…俺の部屋へ

 引っ越して来うへんかなって思っとるけ

 ど、“絶対に”とは思わへんようになっ

 た。

 それやのに駆が今ほんまにイングランド

 に居るんやって考えたら不思議な気ぃし

 てな」


 …ぎゅっ


「ん?」


 クロードの指に指を絡めて手を繋ぐと顔

を覗き込まれた。

 そんなクロードに笑いかけて、そっと唇

を触れ合わせた。




 クロードが長い間ずっと俺を誘っていた

本邸というのは、都市部近郊に建てられた

まさに豪邸と呼ぶに相応しい家だった。

 3メートルはあろうかという大きな鉄格

子の門は車が目の前に停車すると自動で開

いて中へと招き入れ、それでもしばらくは

様々な種類の花が植えられた広い庭に敷か

れた道を車は走った。

 やがて大きな噴水の向こうに白を基調と

するお城のような家屋が見えてきて、俺は

映画の中にでも迷い込んだような錯覚を受

けた。

 クロードの話によると、今は夜間だから

見えないがバラ園やプライベートプールな

んかもあるらしい。

 家屋も本館の他に別館まであるらしく、

部屋数に至ってはリフォームを繰り返して

いるから今現在の正確な数は把握していな

いと言われてしまった。

 確かにこんな家に住んでいるならホテル

のスイートルームに連泊したり、一件丸ご

と家をお買い上げしちゃうクロードの金銭

感覚はここで培われたのだろうと納得でき

る。

 …根っからの庶民派な俺としてはやっぱ

りついていけないんだけれども。

 噴水をぐるりと囲むように敷かれた道の

上を通って車は屋敷の玄関先に滑り込んで

静かに停まった。


「いっ、いいって!

 自分で歩くから!」

「無理したらあかんて。

 まだ腰辛いやろ?」


 俺より先に車を降りたクロードは歩き出

そうとした俺を抱き上げてしまい、俺は慌

ててクロードの首にしがみついた。

 ご満悦そうな表情のクロードは俺が抗議

しても一向に俺を下ろしてくれる気配はな

く、長い脚のコンパスでずんずんと玄関の

大きな扉に歩み出してしまう。

 確かにまだ腰の辺りに怠さは残っている

が、それでも歩けない程ではないのに…と

クロードの頬をぺちぺちと叩いてやりたい。

 ここがあまりに豪華なお邸で、クロード

がその家人だから堪えたけれど。

 それでもあんなに大きな扉だったら俺を

抱き上げたままじゃ開けないだろうと思っ

てそれ以上の言葉を言わずにいたら、その

扉に数歩進んだところで勝手に内側から扉

が開いた。

 門の所で既にクロードの帰宅を使用人の

人達が察していたのだと気づいたのはもう

少し後になってからだった。


「(お帰りなさいませ、クロード様)」


 何人もの使用人と思しき人たちが列を成

して頭を下げている。

 その列からは外れた視線の先、正面奥に

白髪交じりの執事長らしき人の隣にはよく

見知った顔があった。


「カイル!?」


 スーツを着こなして頭を下げているのは

3年前に同じ制服を着て授業を受けていた

カイルだ。

 クロードよりもずっと制服姿が似合って

いたカイルだけど、見慣れないスーツ姿も

しっかりと様になっていた。

 って、感心している場合じゃない。


「やっぱり下ろしてって!

 俺、自分で歩けるからっ」


 初めて顔を合わせた使用人達だけでもこ

んな姿を見られるのは恥ずかしいのに、カ

イルにまで見られたらこれからどんな顔を

して話をすればいいのか。

 これ以上カイルの中での俺のイメージを

落としたくない。


「駆が今ここで自分から俺にキスしてくれ

 たら考えてもええよ?」


 クロードは俺の耳にそんなことを囁いて

笑みを浮かべる。

 その顔はもうすっかり悪気なく自分のペ

ースに俺を巻き込む時の楽しげな顔で、俺

は黙り込みながらも精いっぱいの不満を込

めてクロードを睨んだ。


「(クロード様、マルク様は先程お帰りにな

 りました。

 お食事ですが、後ほどお部屋にお持ちして

 宜しいですか?

 特にご要望のメニューがありましたらコッ

 ク長に申し伝えますが)」

「駆、何か食べたい物あるか?」

「え?うーん…。特にはないけど」


 白髪の執事に何か言われて尋ねてくるク

ロードをそれでも睨み続けることはできな

くて、ちょっと考えてから首を横に振った。


「(頃合いをみて父上に取次ぎを。

 食事はいつものコース料理でいい)」

「(では、そのように手配致します)」


 短い会話の最中にカイルは車の方へ向か

って、俺が持ち込んだ荷物を運転手から受

け取っている。

 クロードが下ろしてくれたら俺が自分で

運ぶのに、とカイルに申し訳ない気分にな

る。





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あきゅろす。
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