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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


「……」


 さんざん寝返りを繰り返したけれど、ち

っとも眠気がやってこない。

 ベッドから起き上がると、ふかふかの枕

と夏用の薄手の羽毛布団を掴んで抱え込む。

 そのままベッドを降りて、隣の部屋へ続く

扉をそっと開いた。


「ん?なんや、起きたん?」


 パソコンのキーボードを叩いていた手を

止めてクロードがこちらを振り返る。

 真剣な眼差しがこちらを向くとふっと緩

んで笑顔に変わる。


「寝れない…。

 クロードは仕事?」

「まぁな。

 俺が前倒しした分の休暇分を埋めるだけ

 の純利益を会社にもたらしたら、使った

 有給休暇分は戻してもいいって約束やか

 ら。

 せっかく駆がイングランドへ来るっちゅ

 うのにほんまに仕事漬けやとおもろない

 やろ?」


 長身をシートに沈めてパソコンを弄るク

ロードの向かいの長いソファに持ってきた

枕を置いて横になる。

 薄手の羽毛布団にくるまると、涼しい機

内で丁度いい体温になって気持ちいい。


「クロードってなんでそんな俺の為に無茶

 するんだよ…。

 そんなに頑張らなくてもいいのに」


 羽毛布団で半分くらい顔を隠しながら小

声でいつも思っていることを口にする。

 けれどその問いかけにもクロードは眉一

つ動かさなかった。


「頑張らへんと駆に会えんからしゃーない。

 ほんま、それだけでもフェアやないよな

 俺は」

「……」


 そうだな、とは言えなかった。

 生まれや育ちは別にしても、未だに答え

を出さずに甘えている俺自身が誰よりもク

ロードに負担を強いている自覚があるから。

 今回のイギリス行きは、そんなクロード

の気持ちに少しくらい報いられるだろうか。


「ごめん…」

「うん?なんで駆が謝るん?」

「だって俺のせい、だろ」


 俺がいつまでも答えを出さずにどっちつ

かずな態度だから。

 目を伏せているとキーボードを触ってい

たクロードの手が止まった。


「駆のせいやなんて思ってへんよ。

 俺が駆に会いたいから会いに行っとるだ

 けやし。

 駆と暮らせるんやったら、どこの国でも

 ええねん」


 クロードの浮かべる笑顔には曇りがない。

 打算も欲も、笑顔を曇らせる影は今どこ

にも見えない。

 俺のせいできっと俺が知らないところで

も随分と苦労しているだろうに、優しい言

葉だけをくれる。

 その優しさが胸を刺した。

 今の俺がクロードの為に出来ることって

なんだろう。

 小さなことでもいい、何かクロードの為

に出来ることはないだろうか。


「…クロード、ご飯食べた?」


 クロードは俺と二人きりになると食べ物

を食べない。

 ワインやウイスキーを楽しむことはあっ

ても、固形物を食事として摂ることはなく

なった。

 クロードは純血の淫魔だから、人間の食

べ物は食べるフリはできても消化・吸収は

できないのだという話は聞いている。

 けれどクロードのようにジムにも通うほ

ど引き締まった体格で飲み物をとっている

姿しか見ないと足りているんだろうかと不

安になる。


「あぁ。

 ちゃんとサプリメント飲んだで?」


 マウスのクリック音を響かせながら、何

でもないような声で返事が返ってくる。

 パソコンの画面のせいでその表情は見え

ない。

 しかしクロードが俺以外の人間からは体

液を摂取しないという言葉を今も守り続け

ているんだと改めて実感する。

 クロードの為に年に数日以外はサプリメ

ントだけで生きろと俺が言われたら…無理

だ、耐えられない。

 けれどクロードはそんな生活をもう3年

も続けているのだ。

 何でもないことのようにクロードは言う

けど、それは決して些細な事ではない。


「…もうお腹いっぱいだったり、する?」


 言ってしまってから思わず口走ってしま

った言葉を撤回したくなった。

 これだとまるで俺がして欲しがっている

ようだ。

 …いや、それはそれで間違ってはいない

けれども。


「サプリメントでか?

 サプリメントでお腹いっぱいにするいう

 話はあんま聞かんけど?」


 パソコン画面の向こうからクロードがこ

ちらに顔を覗かせる。

 俺だってそんな話は聞いたことない。

 うー、俺のバカ。


「心配せーへんでも、駆が嫌やったら手は

 出さへんよ。

 その逆やったら、美味しゅういただくけ

 どな」


 俺を安心させようとしているのかわざと

ふざけてるみたいだけど、クロードにそん

な態度をとられるとこちらが困る。

 出会ったばかりの頃は脅してでも俺にア

レコレしてきたというのに、こちらがその

気になっている時に何もしてくれないとど

うしていいのか分からなくなるから。

 二人きりの時にクロードに触れると自分

でも恥ずかしいくらい溺れてしまうのが分

かっていて、そうしてくれとはなかなか言

えない。


「…間に合ってるなら、いい」


 クロードが特に欲しいと思ってるわけじ

ゃないなら、それでいい。

 今ここで下手にクロードの体液に触れた

ら、このジェット機を自力で降りられなく

なる可能性もあるから。

 …イキ過ぎて立てなくなったなんて、添

乗員にはとても言えない。

 柔らかい羽毛布団にくるまったままクロ

ードに背中を向けるようにして寝返りをう

つ。

 程よい涼しさがうっすらと俺の脳裏に眠

気を呼び込む。

 寝入るにはまだ足りなかったが、やはり

キングサイズのベットより体がすっぽり収

まるサイズの方が安心する。


「寝るん?」

「ん……?」


 ゆっくりと近づいてきた気配は俺が体を

横たえているソファの端に腰を下ろして俺

の髪に手を伸ばしてくる。

 首だけ振り返ると俺の髪をそっと撫でる

クロードと視線がぶつかる。

 誰かに頭を撫でられるのなんていつぶり

だろうと擽ったい気分でされるがままにな

る。

 やがてその掌は頬に触れて顎に指を添え

る。


「寝るんやったらそれでええけど、さっき

 のキスの続き…したくならへん?」


 見下ろしてくる眼差しが擽ったいほど優

しくて、顎のラインをなぞる指先に小さく

鼓動が跳ねた。

 いつも自信たっぷりなクロードには“ら

しくない”視線だったけど、なんだかそん

なクロードは新鮮で愛しかった。

 今まで会えなかった寂しさはクロードの

体温に擽られて柔らかい気持ちにすり替わ

ってしまったようだみたいだ。





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