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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


「…秀?」


 と、俺の肩を指先でトントンと叩いてき

たクロードが小声で俺に尋ねてくる。

 俺が頷くとクロードはニッコリ笑ってス

マホを手渡すように促してきた。

 しかし兄貴とクロードが顔を合わせれば

喧嘩してる場面にしか出くわしたことのな

い。

 俺はスマホを耳にあてたまま首を横に振

った。

 これ以上兄貴を怒らせるようなことをし

たら後が怖い。

 兄貴を本気で怒らせたら本当に容赦して

くれないのは幼い頃から身に染みて知って

いる。

 クロードは一瞬呆れたようにやれやれと

肩を大きく竦めた。

 どうやら諦めてくれたらしいとほっとし

た俺のスマホを握っている方の手首を突然

掴んでクロードは自分の方へと引き寄せた。


「っ!?」


 俺はとっさのことにスマホを取り落とし

そうになりながらも必死に耐えたが、体の

バランスまではとりきれなくてクロードに

よりかかってしまう。

 クロードはそんな俺の腰をしっかりと抱

き寄せて俺の体を支えると、目を細めて笑

いながら通話口に口を近づけた。


「さっきから何をゴチャゴチャ言うてるの

 か知らんけど、しつこい男は嫌われんで?

 それと勉強くらい俺が教えたるし、駆の

 心配はせんでええから。

 夏のバカンスを心ゆくまで堪能したらえ

 えわ。

 ほな、こっちの邪魔せんとってな」


 俺がぽかんとして動けない間にクロード

は電話口で言いたい事だけ言って一方的に

通話を切ってしまった。

 スマホから即座に状況を理解したらしい

兄貴が何かを言い返すような声が聞こえて

きたが、それも冒頭で乱暴にぷっつり途切

れてしまう。


「ちょっ、クロードっ!?」

「んーっと、電源はこれか」


 クロードの腕の中でもっていかれたまま

の体のバランスを整えてスマホを取り返そ

うとしている間にスマホ側面のボタンを長

押しされて着信音を響かせていたスマホが

ぴたっと静かになった。

 嘘だろうと言いたくなる心境の俺の前で

クロードは満足げにニッコリと笑う。


「さて、煩い外野が静かになったところで

 行こか?」

「な、何が煩い外野だよっ。

 兄貴が本気で怒ったら滅茶苦茶怖いんだ

 ぞ…っ!」


 涼しい晴れ晴れとした顔のクロードとは

対照的に、次にどんな顔をして会えばいい

のか分からない俺は内心泣きたいくらいだ。


「怖くあらへんよ、あんなの。

 駆を虐めるようやったら俺が一生口きか

 れへんようにしたってもええし。

 ま、一番は駆がこのままイングランドに

 移住して一生会わんでええようになるこ

 とやけど」

「そんなことっ…!」


 できるか、バカっ!

 上機嫌な笑みが今ばかりは憎らしくて、

鼻歌でも歌い出しそうなクロードをキッと

睨む。

 そんな俺をクロードは楽しいような悲し

いような笑みで見下ろしてくる。


「なぁ、まだ考えてくれへんの?

 駆が今すぐにでも来たい言うたら、すぐ

 にあっちで部屋でも学校でも準備させる

 で?」

「うっ…それ、は…」


 顔を覗き込まれると返答に困る。

 行きたいとも行きたくないとも言えない。

 行きたいという勇気もなければ、もう諦

めてくれと指輪を返す覚悟もない。

 どっちつかずのまま甘えている現状は良

くないと分かっている。

 けれど選んでしまえばもう片方を失うと

いう選択肢は俺には耐えられなかった。


「駆が迷うてるんやったら、答え出すんは

 もう少し先でええよ。

 少なくとも今日は、アイツの用事より俺

 を優先してくれたってことやろ?」


 頬を撫でる掌がくすぐったい。

 しかしじっと目を覗き込まれて甘い声で

尋ねられると鼓動が跳ねた。

 ゆっくりとクロードの顔が近づいてくる。

 その問いの答えに違うと答えられたらク

ロードの動きを止めることができたのかも

しれないが、その問いの答えを確認するま

でもなくクロードはきっともう知っている。

 そして俺も近づいてくる唇に触れてほし

くてそっと瞼を閉じた。


「んっ」


 そっと触れてきた唇に呼吸を乱すと、唇

の間から僅かに漏れる吐息すら逃すまいと

角度を変えて何度も繰り返し唇を吸ってく

る。

 鼻孔を擽るクロードの匂いも、しっかり

と俺を抱き締める逞しい腕も、春の入学式

以来だ。

 俺の言い分を無視して自分のしたいよう

に振り回すところも、キスをする唇が体温

よりよほど熱いところも、紛れもなくクロ

ード本人なのだと実感させてくれる。

 そして目で肌で唇で、もっともっとクロ

ードを感じたくてたまらないと心の奥底に

沈めた欲が顔を出す。


 ちゅっ


「んっ、ダメ」


 まるで俺の本心を見透かしたようにクロ

ードの唇がやや強めに俺の下唇を吸うとそ

こが捲れてしまい、慌てて顔を背ける。


「…ええの?

 足りひんって顔してるけど」


 俺を見下ろしてくるクロードの目に笑み

以外の熱が浮かんでスッと目が細められる。


「……ここじゃ、ダメだ」


 恥ずかしくて消え入りそうなほど小さな

声で言い直す。

 クロードの唾液に触れたら、体がどんな

ふうになるか嫌というほど知っているから。

 こんな時ばかりはクロードが淫魔でなけ

れば良かったのに、とつくづく思ってしま

う。

 思うままにキス一つできないなんて、と。


「駆はほんま可愛ええな」 


 名残を残す唇をもう一度だけ軽く吸った

クロードは体を離して車のドアを開け、俺

を車内へと促す。

 大人しく車に乗り込んで後部座席の隅に

おさまると、クロードはその隣に座って俺

の左手に指を絡めてきた。

 絡んできた指をそっと握り返すと、今ま

で煩かった心臓がようやく少しだけ落ち着

き始めた。


「出せ」


 前方のガラスで隔てられた運転席に向かっ

てクロードが声をかけると、車は静かに住宅

地の道路を滑るように走り出した。





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