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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


「お兄ちゃん…?

 いる、よね…?」


 今朝聞いたばかりの声が遠慮がちに部屋

に響く。

 大学生の一人暮らしではワンルームで十

分なのだが、来客があれば玄関のドアを開

くと部屋が一望できてしまうのが欠点だ。

 靴を脱ぐ気配がして程無く薄暗かった部

屋がパッと明るくなった。

 “居る”と確信しているのか、レイは遠

慮がちにだがまっすぐベッドに向かってく

る。

 来ないでくれと必死に願ったところで狭

い部屋を突っ切ることくらい小柄なレイで

もさほど時間はかからなかった。

 だがしかし、おかしい。

 近づいてくる足音が一人分じゃない。


「寝てるの、お兄ちゃん…?」


 毛布越しにそっとレイらしき掌が触れる。

 レイは実家の近所に住んでいる年下の幼

馴染だ。

 そして同時に俺の毒牙の最初の犠牲者で

もある。

 幼かった俺はまだ強い渇きも知らず、自

分の生まれながら背負った業すら知らずに

いた。

 ある時レイがちょっとしたことで怪我を

して、その傷口を舐めてしまった時から喉

の渇きが始まった。

 怪我をして大泣きするレイを放っておけ

なくて、けれどまだ幼く消毒液や絆創膏を

使ってどうにかしてやることも出来なくて

安易に舐めれば治ると舐めてしまった。

 それがすべての始まり。

 レイの血はとても甘かった。

 いつも食べているお菓子の何倍も甘くて、

レイのかすり傷から流れる血が止まっても

まだ名残惜しくて舐めていたほど甘かった。


「寒いの…?」


 黙っている俺を毛布越しにレイが抱き締

める気配がした。

 血の渇きを覚えて以来、俺がどうしても吸

血衝動を抑えられない時はレイが自分から

首筋を差し出してきた。

 そんなに苦しいならボクの血を飲んでい

いよ、と。

 普段はホラー映画やお化け屋敷が嫌いな

レイが、にっこり笑いながらそう言ってく

れる。

 お兄ちゃんなら怖くないから、と言って

くれる。

 俺に血を吸われながら、こうして両腕を

広げて俺を抱きしめて頭を撫でてくれる。

 それが何故なのか、俺には未だに解って

いない。


「そんなことしたら窒息しますよ。

 息苦しさで起こそうとしているなら止め

 ませんけど」


 少し離れた場所から涼しい声が降ってく

る。

 秀一先輩だ。

 高校の時の美術部の先輩で、俺はこの人

にも牙を立ててしまったことがある。

 その日はあるコンクールに出品するため

の絵を遅くまで描いていて、生徒会の仕事

が終わってから顔を出した秀一先輩に早く

片付けて帰るように言われた。

 美術室の鍵を持っている先輩を待たせて

はいけないと大きなカンバスを慌てて運ん

だ拍子に倒れて…そこからは短い間だが記

憶がすっぽりと抜け落ちている。

 気づいたら先輩の首筋に牙を立て、さわ

やかでちょっと苦みのある血を夢中で啜っ

ていた。

 今度こそ絶対にヤバイと思ったのは、そ

んな状況でも取り乱さなかった先輩の声が

耳に届いて我に返った時だった。

 先輩から根掘り葉掘り詰問されるのは覚

悟していたし当たり前だとも思ったけど、

その後に提示された条件には心の底から戸

惑った。

 怯えられ、嫌悪され、俺は人間ではなく

化け物だと吹聴されることくらい当たり前

だと思っていたからだ。

 もともと俺に非があるのは明白だったし、

先輩が納得する形で罪を償うことだけで頭

がいっぱいだった。

 それなのに先輩は条件付きでこの関係を

続けてもいいと言ったんだ。

 逆に俺が条件を呑まないなら、俺が化け

物である事実を公表するとも言われた。

 そんなふうに言われた俺は条件を呑む他

なかった。


「だってお兄ちゃんが震えてるから…。

 ねぇ、お兄ちゃん。

 ちょっとだけでいいから顔を見せて?

 ボク、心配だよ」


 レイが渋々といった様子で体を離し、そ

れでも無理に毛布を剥ぐことは出来ないの

か毛布越しに声をかけてくる。





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あきゅろす。
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