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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


「(それでお前はここで何をしている?

 長兄の代理出席ならば、父親の傍に控え

 て挨拶回りをするのが通例だろう。

 さもなければ“鳥籠”で自分の能力を存

 分に発揮し招待客に見せつけるか。

 パーティの為にクラウディウスが各国か

 ら集めた上玉ばかりだ。

 どんな美食家も舌を唸らせる自信はある。

 自己管理を怠った兄のおかげで縁のなか

 ったクリスマスパーティの参加権利を得

 たんだ。

 こんなところで花を愛でている暇などな

 いはずだが?)」

「(それ、は…)」


 試すような視線を向けられているのは顔

を上げなくても分かる。

 それは誰でも当たり前に思いつくであろ

う疑問で、たとえばこの体が淫魔として何

の問題もないのであれば自分だって迷わず

鳥籠に赴いたかもしれないとも思う。

 しかし、それは決して仮定の域を出ない

話だ。

 答えを待っている目に無言で急かされな

がら、懸命に言い訳を考える。

 喉がカラカラに干上がる心地に懸命に唾

を呑み込むが、それでも追い付かない。

 適当に当たり障りのない言い訳を並べれ

ばいいではないかと一瞬だけ頭をかすめた

考えは即座に消え失せる。

 適当な嘘など目の前の彼は求めていない。

 彼の納得するような簡潔な答えだけが必

要なのだ。

 それ以外は不要なのだと無言の内に空気

が張りつめていく。

 しかしそれでは自分の体のことを正直に

話すしかなく、自分の口からそれを語るこ

とは自分で心臓に斬りつけるような苦痛を

伴う行為だった。

 答えを言いあぐね、知らず拳を作る。

 どう言えば青年は満足し、この場を早急

に辞することができるのか。


「(その…初めての大きなパーティなので、

  気分が優れなくて)」


 ようやく絞り出した言葉は消え入りそう

に震える。

 嘘ではない。

 明確な単語は何一つないが、嘘は一言も

混ざっていない。

 ただ適切と言い切るには単語が足りない

だけだ。


「(本当にそれだけか?)」


 長いような短いような間をあけて、咎め

るような言葉が発せられた。


「(俺はヘラヘラ笑いながら媚びへつらって

 くる奴と頭の悪い嘘をつく奴が嫌いだ)」


 とても短い言葉が低く響く。

 機嫌を損ねてしまったのかと慌てて顔を

上げると、真実と嘘とを見極めようとする

目に射すくめられてしまった。

 嘘をつき通そうとすれば間違いなく彼の

不興を買う。

 彼を言葉巧みに騙せるほど口も巧くない

し、頭がいい自負もなかった。


「(…体が、受け付けないので…)」


 爪が掌に食い込むほど拳を握りしめて、

血を吐く様な心地でようやくそれだけ喉か

ら絞り出す。


「(受け付けない?

  人間をか?それとも…)」

「(人間の性を、体が受け付けないので。

 淫魔として欠陥品のお前は壁際から動く

 な、と父が申しました。

 それでも室内に充満した匂いに気分が悪

 くなってしまい、風にあたっていたので

 す)」


 顎に手をあて思案顔になった青年に、痞

えながらも一息で説明する。

 説明に青年が納得すれば、とりあえずこ

の場から離れることを咎められはしないだ

ろう。

 興味本位で近づいてきた彼の疑問を解消

し、同時に彼にとってどれだけ価値がない

のかを知れば彼の興味も失せる。

 たとえ彼の目が蔑むものに変わったとし

ても、もともとクラウディウス本家直系…

自分にとっては雲の上の存在だ。

 この場さえ乗り切ってしまえば、もう二

度と顔を合わせることもないだろう。


「(へぇ…お前、人間の性液がダメなのか?

 味も?匂いも?

 そんな淫魔が存在するものなのか。

 食事はどうしている?

 人の性液を受け付けないのなら、お前は

 どうやって生きている?)」


 自分で斬りつけた心臓に青年は塩を擦り

込んでくる。

 まだ足りないと悪びれずに好奇心を突き

付けてくる。

 それは子供のように無邪気で、そして残

酷だった。

 疑問が解けたのだからもう解放して欲し

いと逃げ出したい気持ちで青年の追撃に答

えた。





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あきゅろす。
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