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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


「(今夜の招待カードを手に入れられるの

  なら大金を払ってでもという輩なんて

  掃いて捨てるほどいるというのにな。

 どこの家の者だ?)」


 そう尋ねながら悠然と笑みを浮かべる人

物は、威圧する素振りもないのに呼吸をす

るように自然と他者に膝をつかせることに

慣れている空気を纏っている。

 それでいて珍しい物を見つけた子供のよ

うな輝きが目の内に同居していて、とっさ

の返答を迷う。

 相手に向き直りつつゆっくりとした動作

で立ち上がると、彼の邪魔にならないよう

後方で控える従者らしき人物を見つける。

 その胸のバッジがクラウディウス家の紋

章をデザインしたものだと気づいて、目の

前の彼が誰なのかおおよその見当はついた。

 パーティの前に主催者である本家ご当主

には父と共に挨拶に伺った。

 その場に居合わせたのは当主ご夫妻とそ

のご子息が数人。

 その中に彼の姿はなかったがご子息は現

在のところ10数人だという話だから、お

そらくあの場に居合わせなかった内の1人

だろう。


「(ご挨拶が遅れて申し訳ありません。

  カイル・ドレイク・ルートレッジ、ル

ートレッジ家現当主第8子です)」

「(ルートレッジ家というと…あぁ、サン

  ディ大伯父の筋か。

  それにしても第8子とはな。

  ルートレッジ家に才能の突出した子供

  がいるなんて聞いた覚えはないが?)」


 人間の社交界では、結婚している場合は

夫妻で参加するのが一般的らしい。

 が、淫魔の社交界では結婚して子供がい

る場合は父と長男が参加するのが一般的だ。

 長男がなんらかの事情で参加できなけれ

ば次男、それがダメなら三男と生まれた順

と決まっている。

 だから8男など本来なら泣いても転んで

も正式な場に姿を現すことなどないはずだ

ということは淫魔であれば真っ先に思い浮

かぶだろう。

 それが例外として認められるのは、例え

ば何らかの才能を開花させて世界的に有名

な淫魔であったり、主催者側から指名して

招待された場合に限られる。

 分家筋の出席者だけでも数百人規模のパ

ーティだというのにルートレッジ家と聞い

ただけでどこの筋の者かすぐに言い当てる

だけ記憶しているのであれば、長男以外の

子息が出席する家の名前くらいは頭に入っ

ているのだろう。


「(兄弟は皆、流行りのインフルエンザに

  かかって寝込んでいます。

  クラウディウス本家の方々や分家筋の

  方々、そして招待客の皆さんのご迷惑

  になってはいけないからと父が俺に出

  席するよう命じました)」

「(人間経由で病原菌に感染するなど、ル

  ートレッジ家はまったく自己管理がな

 っていないな)」

「(申し訳ございません)」


 腕組みしたまま小馬鹿にしたように笑う

青年に腰を折って頭を下げる。

 青年の生まれや年齢など考える間もなく

自然と体が動く。

 力づくでねじ伏せられるわけでもなく、

詰られて追い詰められるでもない。

 初対面の緊張に加えて、初めての感覚に

戸惑う。

 頭を下げるのが苦ではない…と言うと語

弊があるが、いつもなら誰かと対峙した時

にはギリギリと心を締め上げるような居心

地の悪さを感じるものだ。

 けれどそれは自分が欠陥品に生まれたの

だから仕方がないのだと思って諦めていた。

 何故だろうと目線だけチラリと上げると、

腕組みしたままの青年とまっすぐ目線が合

ってしまい慌てて目線を落とす。

 しかしその目を見たことで、居心地の悪

くない理由がなんとなく知れた。

 他者を従えることに慣れた目、見知らぬ

者に対するどこか子供っぽい好奇心。
 
 それでも、まっすぐ向けられるその目に

は蔑みの影がない。

 生まれてからずっと古い屋敷の中で欠陥

品、恥晒しと繰り返し詰られてきた自分を

こんなにもまっすぐ見てくれる淫魔などい

なかった。

 蔑むでもなく、詰るでもなく、青年はお

そらく他の淫魔に対するのと同じように接

してくれている。

 今、この瞬間だけは、彼にとって自分は

欠陥品ではないのだ。

 それは文字通り生まれて初めての経験だ

った。





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