[携帯モード] [URL送信]

悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


 そういうパーティだから広い会場の何処

へ行っても性の香りが充満していて居心地

が悪く気分も優れない。

 逃れられない胸焼けから少しでも解放さ

れたくて壁際を歩いたけれども、フロアの

何処へ行こうとも無駄だった。

 相手の体に絡みつく腕、唾液で濡れなが

ら何度も触れあう唇、そんな光景が当たり

前のように会場のそこかしこに溢れていた

から。

 少しだけ、ほんの5分…いや3分でいい

から。

 体が性の匂いに拒否反応を示して酸素を

上手く体に取り込めない状況下で、その誘

惑に抗えなかった。

 フロアの目の前に広がる前庭園に出ると

ようやく新鮮な空気が肺をいっぱいにする。

 それと同時に冷たい冬の風が全身を刺し

た。

 けれどその痛みは体の中に蓄積していた

匂いを一掃してくれるようで、いっそ心地

よかった。

 体調が戻るのを待ちながらフロアを振り

返ると、豪華で華やかなパーティを楽しむ

淫魔や人で溢れていた。

 ガラス越しに眺めるその距離が自分にと

って一番苦痛にならないのだと改めて実感

する。

 それと同時に生まれてきてから今まで感

じていた以上の疎外感に襲われた。

 人間の性の匂いを体質的に受け付けない

自分のような欠陥品が、どうしてクラウデ

ィウスのような名家と縁近くに生まれてし

まったのか。

 父や母、兄弟達にとっての生きた恥晒し

のみならず、遠縁であろうともクラウディ

ウスの血が流れているということはクラウ

ディウス家にも迷惑をかける可能性がある

ということだ。

 人間であろうとも招待を受けたのであれ

ばクラウディウス家にとって何らかの益を

生む存在だということ。

 あの鳥籠の中で淫魔に犯されて鳴いてい

る人間でさえ、クラウディウス家の“もて

なし”として招待客を楽しませている。

 だとしたら、社交の場として縁を繋ぐど

ころかフロアに長居することすらできない

欠陥品の自分は、クラウディウス家にとっ

て父にとってどれだけの価値があるのか。

 そこまで考えて、やめた。

 これ以上は思考が袋小路に入るのを嫌と

言うほど知っている。

 キャンドルの小さな灯りに囲まれる前庭

園を自然と歩き出す。

 木の影に、庭園の茂みの中に誰かの気配

は感じるけれど、フロアにいた時に比べれ

ば大したことはなかった。


 自分で稼げるようになったら家を出てい

く…それが第一の目標だ。

 もちろん淫魔として人間を食糧にできな

い体質である以上は生涯サプリメントは欠

かせないだろうし、今まで育ててもらうの

にかかった費用は両親に返したいと思って

いる。

 けれど自力で生きていける年齢になった

ら家を出る、そして誰も俺を知らない土地

に行く。

 物置で毛布にくるまりながら夢中になっ

て読んだ旅行記を書いた冒険家のように、

いつかは広い世界を自分の目で見に行きた

い。

 その目標があるから俺は生きていける。

 もっと頑張ろうと思える。

 そうして家を離れれば両親や兄弟、祖父、

クラウディウス家にも迷惑はかけずに済む。

 …欠陥品だとしても、小さな幸せを見つ

けるくらいなら赦されるような気がする。

 それが心の奥底に隠したささやかな希望

の光だ。



 ふと気づくと噴水の前に歩いてきていた。

 ライトアップされた水が様々な形をとって

目を楽しませるが、水場のせいか周囲よりや

や気温は低いのかもしれない。

 ふと気づくと足元に白い花が咲いている。

 細い茎が花の重みに耐えられないように折

れて蕾のような小さな白い花は花びらを広げ

ないまま俯いて泣いているようだ。

 その姿が何かに似ているような気がして目

を逸らせなかった。

 今まで生きてきて花など愛でたことはなか

った。

 花を愛でるだけの余裕も時間もなかったか

ったし、興味もなかった。

 ただ何となくどんな花なのか気になって、

その場に膝をついて手を伸ばす。

 指先が白い雫のような花に触れようとし

た刹那、その上に影が重なった。


「(パーティよりたった一輪の野花のほう

  がお前にとって価値があるのか)」


 手入れされた芝生を踏みしめて近づいて

くる革靴の音。

 視線を上げると毛皮のコートを羽織り正

装に身を包んだ長身の人影が、口元に笑み

を浮かべ腕組みして俺を見下ろしていた。





[*前][次#]

あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!