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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


「ぅぁっ…」


 突然ビクンと震えた彼は押し殺したよう

な小さなうめき声を漏らす。

 じゃがみ込んだままの彼は何かに耐える

ようにますます小さくなるが、もともと色

白の肌が耳まで赤くなっている。


「お兄ちゃん、行こ」

「え?でも…」


 あろうことか目の前の具合の悪そうな彼

を置いて行こうと言い出す麗の言葉に耳を

疑ったけれども、言葉を返そうとして見上

げた麗の顔もほんのり赤いような気がする。


「ぁっ、んっ…」


 うずくまる彼はもう俺達にかまっている

どころではないらしく、堪えきれないよう

に小さなうめき声を漏らしながら股間を握

り込ん……え、股間?


「使えねーな。

 ジュース1本買ってこれねーのかよ」

「ぁっ、高取く…んっ…。

 ごめんなさ…っ」


 気づいた時には彼と同い年くらいの青年

が歩み寄ってきていて、両手をポケットに

突っ込んだまま不機嫌そうにうずくまる彼

を見下ろしている。

 いくらなんでも体調の悪い相手にとる態

度ではないだろうと思うのだけど、うずく

まったままの彼はそんな青年を見上げて上

気させた顔を上げて潤んだ眼差しを向ける。

 それが一瞬まるで飼い主とペットのよう

に見えてしまい、そんなはずはないと打ち

消す。


 何を考えているんだ、俺は。

 ただの友達かなにかだろう。

 具合が悪そうだからそんな風に見えただ

けだ。


「さっさと立て。

 置いてくぞ」

「ぁっ、待って…っ」


 手を貸すこともなくさっさと歩き出して

しまう青年に置いて行かれまいと、うずく

まっていた彼がフラフラとした足取りで追

いかけていく。

 俺達はそれに声をかけることも憚られて

2人が立ち去るのをじっと見送った。


「…幸せそうだね」

「えっ?」


 聞き間違いかと思ったけど、そう呟いた

麗に視線を向けるとまだ目であの二人の行

方を追っているようだった。

 何をどう見たらそう思えるのか分からな

かったけれど、それ以上詳しく訊くのは怖

い気がする。


「お兄ちゃんはどんな願いでも一つだけ叶

 うとしたら、何をお願いする?」


 麗はもう二人に興味を失ったのか俺を見

上げてそう尋ねてくる。

 話題を変えてくれたのは有り難かったけ

れど、急にそんな質問をされても困る。


「うーん…何でもかぁ…」


 何でもと言われると困る。

 成績をもう少し上げてほしいとか、身長

をもっと高くとか、運動がもう少し…なん

て考え出せばきりがない。

 でも一つだけと言われたら…。


「…みんなが幸せでありますように、かな」


 厄介なフェロメニア体質が消えてなくな

りますようにとか、兄貴や麗やクロードが

別の人を好きなってくれますようにとか…

そんな願いが頭を掠めなかったと言えば嘘

になるけど。

 でもどんな願いでもいいけど一つだけと

言われれば欲が出るし、いくつも出てきた

願いの根本に通じる願いはそれのような気

がするから。


「みんなって…。

 たった一つだけなんだからもっと欲張っ

 てもいいのに。

 自分の為のお願いをしないでみんなの幸

 せをお願いしちゃうの?」


 麗が呆れたような何とも言えない顔で俺

を見上げてくる。

 だから俺はとんでもないと笑いながら首

を横に振った。


「俺も含めて“みんな幸せに”だよ。

 一番欲張りなお願いだろ?」


 たとえ自分自身に対して何かお願いして

それが叶ったとしても、周りの誰か一人で

も笑っていてくれなかったら素直に喜べな

い。

 だから“みんな幸せに”。

 俺だけじゃなくて、俺も含めてみんな幸

せになれますように。

 そうして俺が笑っていられる状況ならフ

ェロメニア体質だってさして気にしていな

いはずだから。

 たった一つだけなら神様だってそのくら

い奮発してくれたっていいと思う。





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あきゅろす。
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