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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


 先に立ち上がった麗に促される形で俺が

立ち上がろうとすると、それ以上は絡んで

くるつもりはなかったのかクロードの腕が

すんなり解ける。

 やけに大人しく行かせてくれる…と思っ

た俺が甘かった。

 麗が握ったのとは違う手を掴んで寄せる

と手の甲をペロリと舐められた。


「っ…?」


 驚いてとっさに声が出なかったのは良か

ったのか悪かったのか。

 クロードは含みのある上目遣いで俺を見

上げて笑みを浮かべ、そんな一瞬に気づい

ていない麗は立ち上がった俺の腕にするっ

と腕を絡めてくる。

 今騒いだらもっと面倒なことになると自

分を落ち着け、クロードを軽く睨んでから

腕にしがみついてくる麗に続いてシートを

出る。


「えへへー。桜、綺麗だね」

「あぁ」


 すっかりご機嫌な麗は俺の負担にならな

い程度に俺によりかかりながら桜を仰ぐ。

 桜は春の日差しの下で変わらず枝を伸ば

していて、零れそうなほど花を咲かせてい

る。

 きっと俺達が生まれるより前からずっと

春になれば変わらず花を咲かせているのだ

ろう。


「…僕もお兄ちゃんと一緒に高校通いたか

 ったな…」

「うん…?」


 春の陽気に少しボーっとしていて、そん

な小さな麗の呟きはともすれば聞き逃して

しまいそうだった。


「ううん。何でもない」


 麗は誤魔化すように笑いながら首を横に

振ったけれど、その笑顔はなんだか寂しそ

うで零れ落ちた一滴のように俺の心に小さ

な波紋を作った。


「麗はずっと俺の大事な弟だよ」


 腕にしがみついてきている麗の手をとり

そのまま指を絡めて繋ぐと、きょとんとし

ていた麗は照れたようにはにかんだ。


「ありがとう、お兄ちゃん。

 でも、いつかは…」


 サアアァ…

 小春日和の公園をいたずらな春の風が吹

き抜けて麗の言葉をさらっていく。

 聞き取れずに“ん?”と首を傾げると、

麗は何でもないと首を横に振った。


 トンッ


「あっ」

「わっ」


 麗に気をとられて前方不注意になってい

たのが災いした。

 気づいたら誰かの肩とぶつかっていて、

ぶつかってしまった相手はふらふらとその

場に膝をついてしまう。


「あの、すみません。大丈夫ですか?」

「いえ…大丈夫、です…」


 そんなに強くぶつかってしまったつもり

はなかったのだが、慌ててしゃがんで覗き

込んだ顔はほんのり赤い。

 体調が悪い相手にまずいことをしただろ

うかと焦り、どうすればいいのかと辺りを

見回す。


「あの体調が悪いなら病院に」

「いえ、本当に、大丈夫です。

 病気じゃ、ないから」


 大丈夫と言いながら赤い顔で胸元のシャ

ツを掴んでいる様子はとても大丈夫そうで

はない。

 小柄で細い体格が余計に辛そうに見える

のかもしれないけれども。

 救急車までは大袈裟でも近くの病院まで

付き添おうかと考えを巡らせた時、隣にい

た麗が彼に静かな視線を向けているのに気

がついた。

 普段の麗なら、相手の体調が悪そうであ

れば一緒になって心配するだろう。

 それなのに、そんな素振りが見えない。





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あきゅろす。
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