[携帯モード] [URL送信]

悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


「あぁ、うん。サンキュ」


 麗の手の中からスコーンを受け取ろうと

手を伸ばしかけたけど、それより早くスコ

ーンが口元にきた。

 え…?

 戸惑いで動くに動けないでいると、麗は

満面の笑みでその意図を教えてくれた。


「はい、あーん」

「いや、あの、その…」


 まさかそのまま大人しく“あーん”で食

べさせてもらうなんて選択肢はない。

 家ならともかく今は新聞部のメンバーが

いるわけだし、何よりさっきから背中にク

ロードがひっついたままだ。

 無用な火種は消火してしまうに限る。

 そう思っていたんだけれども。


「だって大きな荷物がくっついてて両手塞

 がっちゃってるでしょ?

 だから、あーん」


 あ……麗、まさか怒ってる…?


 自宅であればクロードが陣取っているそ

の場所…俺のすぐ横は今でも麗の定位置だ。

 1年という月日が経ってもやっぱり麗は

俺の傍を自分の居場所と定めているようで、

兄貴はそれにいい顔はしないもののじゃれ

つく程度のことに目くじらをたてるような

こともない。

 兄貴自身がベタベタくっついてくるよう

な性格の持ち主ではないから、そのあたり

の線引きで揉めたことは今までなかった。

 しかしクロードは違う。

 今でこそ皆“いつものこと”で笑って流

してくれるけれど、初対面の人が見たら日

本人としては過剰だと思うレベルではちょ

っかいをかけてくる。

 それを誰よりも敏感な麗は察したのだろ

う。

 麗は満面の笑みを崩さないけれども、空

気の境目が目の前にあるような気がする。

 最近、麗の怒り方が兄貴のそれに似てき

ているような…気のせいだろうか。


「そもそも新聞部の親睦会やし。

 ガキンチョはあっち行ってんか」


 大きな荷物扱いされたクロードは馬鹿に

した口調でシッシッと麗に向かって手を振

る。

 ピシッとこの狭い空間だけ耳には届かな

い音をたてた錯覚さえ起こす。

 兄貴とクロードが険悪になるのは想定内

だったけれど、まさかいつも大人しい麗が

クロードに張り合う様な態度をとるとは思

わなかった。

 兄貴と比べれば幾分かマシなだけで、麗

とクロードも相性が悪いらしい。

 …いや、まぁ争う理由がなければ性格的

にぶつかるということはないんだろうけれ

ども。

 このまま硬直状態が続けばロクな事にな

らなさそうだというのは痛いほどよく伝わ

ってくるので、とにかくこの場から俺がい

なくならなければならなかった。

 俺がこの場を離れることで両方かあるい

は片方を引き離せればこの硬直は解けるは

ずだ。


「えっと…。

 お、俺ちょっとトイレ行ってくる」


 麗の誘いにもクロードの腕からも難なく

逃れられる言い訳なんて限られているわけ

で、当たり障りのない言い訳を残して二人

の間を抜け出そうとした。


「クロード、重いよ。腕離してって」

「ええやんか。

 もうちょっと駆を堪能させてや」


 “堪能”とかわざと麗を刺激するような

言葉を選んでくれなくてもいいのに。

 というか、クロードの体温と匂いは落ち

着かない。

 のどかな空の下、まったりと桜や会話を

楽しむには似つかわしくない感情を刺激さ

れる。


「お兄ちゃんが困ることするの、やめてよ。

 席を立ちたいって言ってるの、聞こえな

 いの?

 僕ならお兄ちゃんが嫌がることなんてし

 ないのに」


 麗が片手で俺の手を掴んで行こうと促し

ながら俺の腰に抱き着いたままのクロード

が何か言いかけたその口にスコーンを無遠

慮に突っ込んで言葉を塞ぐ。


「お母さんが焼いたスコーン、美味しいで

 しょ?

 スコーン食べながらお留守番しててね?」


 年下の子供に言い聞かせるような物言い

は先ほどガキンチョ扱いされたお返しなの

かなんなのか…。

 とにかく今の麗のご機嫌がすこぶるよろ

しくないのは確かなようだ。





[*前][次#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!