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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


「…獲物なら他にいくらでもいるでしょう。

 他をあたってもらえますか。

 目障りですから消えて下さい。

 …生憎とフリーではないんですよ。

 あれは生涯僕のものだと決まっているの

 で」



 兄貴に追いつくと異様な光景が目の前で

繰り広げられていた。

 だって兄貴の目の前には誰もいない。

 誰もいない空間に向かって兄貴が1人で

会話をしている。

 端から見たら兄貴がおかしい人みたいだ。


「兄貴…?

 なに1人で喋ってんの?」


 おそるおそる声をかけてみると、機嫌の

悪そうな顔がそのままこちらを向く。

 その口が何かを言おうとするが結局何も

言葉を発することなく、しかしその何かを

睨みつけるような目線は誰もない空間を右

から左へと滑った。

 まるでそこに何かいるように。


「?」


 それを確かめようとした俺の左肩に何か

のった。

 さして重くはないがそこに何かが落ちて

きたわけではなく、何も見えはしないのに

左肩に“何か”が触れている。


「え?」


 次の言葉を発する間もなく同じような重

みが右肩にも乗り、慌てる俺をじっと兄貴

が睨む。

 いや、俺じゃない。

 俺の向こうの何かを睨んでいる。

 兄貴に睨まれる理由も、両肩にのる不自

然な重みの正体も分からずにいたら生温く

濡れた何かが耳の裏側を滑った。


「ッ!!?」

「…ヴア゛ア゛ア゛ッ!!」


 俺の体が震えゾワッと全身に鳥肌が立っ

たたのと鼓膜を突きぬけていくような絶叫

が右耳のすぐ傍で響いたのはほぼ同時だっ

た。

 驚いてその音源から少しでも体を離そう

と反射的に体が動いたのと兄貴が俺の手を

掴んで引き寄せたのがほぼ同時で、思いが

けず必要以上の力で体が傾いた為よろける

ようにして兄貴の胸に飛び込む形になった。


「これは生涯僕のものだと言ったはずです。

 そんなことも覚えられない低能な屑に生

 きている価値はありません」


 俺の背後に冷たい言葉を突き刺す兄貴の

声は、押し殺したように小さくなった呻き

声とは対極に僅かなブレもない。

 振り返って呻き声の主の姿を確認すると、

誰もいなかったはずのそこにさっき電車の

中で纏わりついてきた黒服の男が床に蹲っ

ていた。


「あの、え…?」

「行きますよ」


 状況が理解できず説明を求めようとした

んだけど、蹲ったままの男を見下ろしてい

た兄貴は俺の左手首を掴み直して立ち止ま

ってこちらを見ていた人の横をすり抜けて

いく。

 蹲って呻く男の声で注目が集まっていた

のか複数の視線がこちらを見ていたようだ。

 足早にその場を離れる兄貴の手には痛い

位の力が籠っていて、俺は足がもつれない

ようについていくのが精一杯だった。




「ちょっ、ちょっと兄貴ってば」


 バス乗り場があった駅の西口ではなく東

口から駅を出ると、クリスマス一色に染ま

る街は西口以上に人で溢れ返っていた。

 その人の間を縫うようにしてもそれまで

のスピードで歩けるはずもなく、減速した

兄貴に掴まれたままの手首を引いて立ち止

まるように促した。





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あきゅろす。
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