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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


「とにかく、やめてください。

 こんなことするなんて変でしょう」


 ちっとも懲りない男の肩をグイグイと押

し返していたら、その手を掴まれた。


「まぁ、そう言わずにさ。

 ちょっと味見させてくんない?」


 顔を上げたその男の目と視線が合う。

 その目が赤いと気づいた時には車内アナ

ウンスが間もなく次の停車駅へ到着する旨

を伝えていた。

 淫魔…今まで身近なところにしかいなか

ったから油断していた。

 国内にも淫魔は存在していると当たり前

のように言われたけれど、遭遇したことも

なくすっかり忘れていた。

 フェロメニアは体質が開花すると性欲が

枯れるまで香ることをやめられはしないの

だということも。


「やめて、くださいっ。

 ここ、何処だと思ってるんですかっ」

「あれぇ?効かない?

 おかしいなぁ。

 コレが効かない奴なんて、いるはずない

 んだけど」


 車内で大きな声を出すわけにもいかず、

掴まれた手を振りほどこうとしながら押し

殺した声で責める。

 しかし一向に手の力を緩めないチャラ男

は首を傾げつつも無意識にかピアスのつい

た唇を蛇のような舌で舐めている。

 その目には捕食者の光が宿っていた。


「っ……」


 停車駅に着いて車体にブレーキがかかる。

 思ったより重心をもっていかれそうにな

ったのか、俺の手を掴んでいた手が一瞬緩

んだ。

 その隙をついて突き飛ばすような勢いで

手を振りほどくと、ちょうど開いた反対側

のドアの方へと体を割り込ませていく。

 そこそこ大きな停車駅だったようで、次

々と降りていく人の流れにのってしまえば

それ以上その男の手が届くことはなかった。

 しかし念には念を入れて早足でホームか

ら階段へ向かい、段飛ばしで一気に駆け降

りると駅地下をぐるぐると歩き回ってよう

やくその人影を撒いた。

 下車するのは本当は3つほど先の駅だっ

たけれども、行先を知られて尾行される危

険がなかっただけよかったと思うべきなん

だろうか。

 このままホームに戻って目的地まで電車

で移動するのは危険だろう。

 もしさっき撒いたチャラ男に見つかった

ら、次は逃げられるかわからない。

 改札を抜けてバスを探すにしても直通の

があるかは分からない。

 だが徒歩で行けるほど近くもない。

 どうしようかと頭を抱えたけれど、トイ

レにいつまでも籠っているのは危険だと腹

をくくって個室を出る。

 とにかく改札を出てバスターミナルに向

かおう。

 案内所で大学の名前を出して聞けばすぐ

に分かるはずだ。

 それからバスに乗り込んでしまうまでに

捕まらなければとりあえず今日のところは

危険を回避できるだろう。

 人の波に混じって改札をくぐると天井に

吊るされた案内板を見てバスターミナルへ

向かう。

 案内所にいたおばさんは聞かれ慣れてい

たのか尋ねるとすんなり乗り場を案内して

くれた。

 知名度の高い大学で良かったとホッとし

つつ、ついてきている人影がないか確認し

て乗り場に向かう。

 幸い15分ほどでその方面のバスは着く

ようだったが、その間もあの男がもしかし

たら自分を探しているかもしれないと思う

と気が気ではない。

 ポケットに入れっぱなしだった携帯に手

を伸ばしたものの、なんとメールを打てば

いいのか分からなくて画面を開いたまま迷

う。

 このまま何事もなく終わるのなら、煩わ

しいことは兄貴の耳に入れたくない。

 だが何かあった時に連絡を入れていなけ

れば烈火のごとく怒るに違いなかった。


「……」


 メールを送るべきか送るまいか迷ってい

る間にチラリと視界の端に黒い影が映った。

 さっきの男に見つかったのか?!と弾か

れたように辺りを見回すが、人の流れがそ

こそこある駅の出入り口付近では気のせい

なのか身を隠されているのかもわからない。

 このまま大人しくバスに乗ってしまって

もいいものか迷う。





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