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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


 一瞬。

 一瞬だけでいい、油断を誘えないか。

 でなければ、このままここで“食べられ

て”しまう。

 とにかく傍らに立ちながら誰よりも早く

ちゃっかり服を掴んでいる麗の手から逃れ

ないと先がない。


「トリックオアトリートッ!!」


 もう発音など二の次で、籠の中に手を突

っ込むと掴めた物全てを撒いた。

 一瞬それに気を引かれたのか麗の手の力

が緩む。

 それを逃さず、クルリと背を向けると一

目散に駆けだした。


「逃げた!」

「追え!!」


 この部屋は玄関から迷う様な道順では

なかった。

 それを来た時とは真逆に走ればいいだ

けだ。

 問題は足の速い連中がいることで、誰

よりも早く玄関に辿りつけなければ二度

目の油断はおそらく誘えないだろう。

 一気に上がる心拍数が心臓に負担をかけ

たけれど、このままむざむざと食べられる

わけにはいかなかった。

 なんとか誰よりも早く玄関のドアに辿り

着いたけれど、勢いよく体重をかけても2

メートルを超えるドアはビクともしない。

 カイルが涼しい顔をして開けていたのが

冗談のようだ。


「クソッ、嘘だろっ!?」


 すぐ近くの燭台の火が揺れた。

 バタバタという足音も迫ってきている。

 開かない扉の前に長居はできなかった。

 舌打ちして玄関のドアから離れる。

 まず間違いなくここに逃げてくると思う

だろう。

 だとしたら隠れて一度やり過ごすにして

もこの周辺に身を隠すのは危険だ。

 廊下をあちこち曲がりながら必死に考え

る。

 どこだ。

 どこに隠れればやり過ごせる?


 ガチャガチャと通りがかった部屋のドア

ノブを回してみたけれど鍵がかかっている

のか入れない。

 滅茶苦茶に走り回った末にドアの無い部

屋に行き当たった。

 それは厨房。

 厨房だから包丁とかフライパンとか、身

を守るための物はたくさん転がっていたけ

れど、そのどれも目をくれずに半分開きか

けになっている床下の階段に体を滑り込ま

せた。

 階段に続く扉のストッパーを下ろして音

をたてないように閉めるのと、いつの間に

か少なくなっていた足音がこの辺りに辿り

着いたのは同じくらいだった。

 扉を閉めてしまえば一寸先も見えない闇

に包まれる。

 何一つ見えないまま見知らぬ場所を動き

回るなんて危険以外の何物でもない。

 つまりここを開かれてしまえば、もうこ

れ以上はきっと逃げられない。

 これは賭けだった。

 漆黒の闇の中で上がりきった呼吸を出来

るだけ忍ばせる。

 しばらく厨房や近くの部屋を走り回って

いた複数の足音はどこを探しても俺の姿が

ないことを確認したのか、やがて遠ざかっ

ていった。

 足音が消えてだいぶ時が過ぎてから、よ

うやくゆるゆると震える吐息を吐き出した。

 悪夢ならばそろそろ覚めてくれなければ

おかしい。

 いくらなんでも知り合いにバリバリ食べ

られる夢なんて病みすぎているだろう。

 それにしても玄関のドアは何故開かなか

ったのだろうか。

 鍵がかけられた?

 いや、カイルは扉を閉じただけで鍵を閉

めるような仕草はしていなかった。

 原因はわからないが玄関はまず誰かがい

そうな気がするし、別の出口を探さなけれ

ばならないだろう。





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あきゅろす。
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