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悪魔も喘ぐ夜 Character Episode
*


 “駆兄さん”


 麗が俺をそう呼ぶようになったのはいつ

からだっただろう。

 兄貴がまだ大学入学する前までは“兄さ

ん”と“お兄ちゃん”で呼び分けていた麗

が、いつの頃からか“駆兄さん”と呼び始

めた。

 そしていつの間にか麗が“兄さん”と話

しかけていくる相手は俺になっていた。

 中学に上がって付き合う友達も変わった

のか、それとも本格的な思春期に突入した

のか、人前でも平気で抱き着いてきてベタ

ベタと甘えることもしなくなった。

 それをあまり寂しいと思わなかったのは

2人きりになった時には麗が触れてくるこ

とに遠慮をしなかったからだと思う。

 麗が中学3年になる頃には背丈がだいぶ

追いついてきていて、“抱き着く”が“抱

きしめる”に変わっていくのは兄としては

複雑な心境だったけれど…。

 ウェイターの制服を脱ぐ合間に電源を落

としていた携帯の電源を入れる。

 私服に着替え終る頃にはセンターで止ま

っていたらしいメールを受信した携帯が明

るい着信音を奏でた。


「なんだ、彼女か?」

「そんなんじゃないですよ」


 年上のバイト仲間が笑って冷やかしたけ

ど、俺に恋人がいないことくらい知ってい

るはずだ。

 バレンタインだというのにもらったチョ

コレートは同じ授業をとっている女子数人

からの“ホワイトデーには3倍返し”のお

情けな香りのする義理チョコと、この店の

常連さんからもらった一口チョコだけ。

 実家に居た頃はチョコレートケーキを焼

く母さんの手伝いやらで寂しいなんて思っ

たことはなかったけど、こうして実家を離

れていざバレンタインになってみるとバレ

ンタインにチョコレートを貰えない男子の

寂しさが身に染みてわかる。

 彼女がほしいとかそんなんじゃなくて、

世間一般のイベントに取り残されたような

そんな寂しさだ。

 肩にショルダーバックをかけながらメー

ルチェックすると、メールの差出人は麗だ

った。


《バイトお疲れ様。

 今日バイトの後は予定入ってない?》


 いつもやり取りしているメールに比べて

ずいぶんと短い。

 そのまま返信を打とうとしたら、隣から

話しかけられる。


「それにしてもツイてないよなー。

 よりによってバレンタインにバイトのシ

 フト入るなんてさ」

「バレンタイン限定メニューもあるから仕

 方ないですよ。

 五十嵐先輩はこのあと彼女とデートです

 か?」

「いんや。

 今日はもう遅いから明日仕切り直し。

 明日も講義あるしさ」


 更衣室の時計もすでに夜の11時を回っ

ている。

 確かに今から会ったら明日に響くだろ

う。


「じゃあ終電なんでお先に失礼します」

「おう。お疲れさん」


 ペコッと軽く頭を下げて更衣室のドアを

閉めた。





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あきゅろす。
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