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悪魔も喘ぐ夜
*


「掟を破り一族を追放された者を未だ守り

 続けるファントムか。

 滑稽やな」


 クロードはカイルの肩を借りてようやく

立ち上がりながら皮肉げに鼻で笑う。


《事実がどうあれ、クラウディウス家の者

 には関係のないこと》


 ようやく立ち上がったクロードはそれ以

上の介添えは必要ないとカイルを後ろに下

がらせる。

 口元に流れた血を忌々しげに手の甲で拭

って深い息をゆっくりと吐き出した。


「ほんま、障害が多すぎるわ。

 俺は駆と仲良うなりたいだけやのに、こ

 うも裏目にばかり出るなんて誰かが裏で

 糸を引いてるとしか思えへんのやけど」


 それは俺に向けられた言葉のようでいて、

どこか独り言めいてもいた。


「俺は…家族とか友達とか、大切な人達が

 苦しむ姿は見たくない。

 クロードが兄貴を傷つけるのも、兄貴が

 クロードを傷つけるのも…どっちも嫌だ。

 なのに、なんで…」


 分かってくれないんだ。

 こうもお互いを傷つけることに躊躇して

くれないのか。

 どうして話し合いとか、そういう別の方

法を選んでくれないのか。

 兄貴もクロードも本当はもっと精神的に

大人で、殴合いなんて手段を選ばなくても

いいはずなのに。


「そんなん決まってるやん」

「駆を奪おうとする手が目の前に伸ばされ

 るから、それを叩き落としているだけで

 す」


 俺の“どうして”に答えたのはクロード

だけではなかった。

 ずっと目を閉じていた兄貴がいつの間に

か目を開いていて、クロードと剣呑な視線

を交わらせている。

 クロードも兄貴が続けた言葉に反論はな

いらしく、沈黙で兄貴の言葉を肯定してい

るようにも見える。

 体が自由に動かなくても相手に向ける感

情はお互いに削がれる事がないようで、む

しろ立ち上がるだけ元気がないのが救いの

ようにも思えた。


「クロード様、そろそろフライトのお時間

 です」

「タイムリミットか…。

 ほんま、こっちに来てから悪いようにしか

 事が運ばんなぁ。

 疫病神にでも憑りつかれたんかな」


 腕時計を見ながら告げるカイルにやれやれ

と肩を竦めてみせたクロードは、こちらに手

を差し出してきた。


「駆、見送りは?」

「……」

「せやろな。

 あー、でもさっきのはわざとやないから

 な。

 そいつが先に突っ込んできたんやから、

 正当防衛や」


 黙ってただ見つめ返すだけだった俺の反

応も予想していたらしく、こちらに差し出

した手をそのままぎゅっと握って拳を作る。

 クロードが正当防衛だというなら正当防

衛なのかもしれないが、もし仮に俺が間に

入らなかったらきっと兄貴はさっきより酷

いことになっていたかもしれない。

 過剰防衛になっていたかもしれないとい

う可能性は俺の憶測でしかなかったから、

あえて口には出さなかったけれども。


「まぁ、えぇ。

 今回は退いたる。

 チャンスは今回だけやないし」

「チャンスって…。

 俺は誰も選ばないって言ってるのに」

「今はほんまにそう思ってるかもしれへん。

 けど心っちゅうんは変わるもんや。

 いつか駆が俺を選ぶ可能性がある限り、

 俺は諦めへん」


 クロードは本当にポジティブだ。

 俺が何を言っても無駄なのかとさえ思え

てくる。

 確かに家族や友人に手荒な真似をしない

なら、俺だって決してクロードの事を嫌い

ではないのだけれども。

 時々その明るさや底抜けのポジティブさ

が羨ましくなったりもするけれど。


「俺が迎えに来るまでの間、誰にも指一本

 駆に触らせるなや。

 半端者の混血でも、そのくらい出来るや

 ろ」

「クラウディウス家の愚息に命令される謂

 れはありません。

 二度と駆に手を出さず、来日もしないで

 下さい。

 目障りですから」


 クロードの後ろで兄貴の失礼な返答をカ

イルが聞き咎めたようだが、クロードがそ

れを制して黙らせた。


「なぁ、駆」


 ゆったりとした足取りでクロードが近づ

いてくる。

 その目はさっきの殺伐とした空気など払

拭したかのように優しくて、いつもの俺が

見ているクロードの目だった。

 だからか、何となく俺の警戒心も緩んで

歩み寄ってくるクロードに“何?”と首を

傾げる。


「必ず迎えに来るさかい、待っとって」


 囁きが聞こえた耳の傍でリップ音が響く。

 頬にキスされたのだと気づいたのはワン

テンポ遅れてからで、クロードが顔を引く

のと兄貴の拳が俺の顔の傍に突き出された

のはほぼ同時だった。

 クロードがあと一瞬でも俺の頬に唇で触

れていたら、間違いなくクロードの横顔に

兄貴の拳が問答無用でめり込んでいただろ

う。

 だというのに、顔を上げたクロードはニ

ッと白い歯を出して笑う。

 俺にキスしたかったのか、それとも兄貴

を挑発したかったのか。

 …いや、もしかしたら両方かもしれない

けど、板挟みになる俺の気持ちだってもう

ちょっと考えてくれてもいいと思う。

 それともこれは、誰も選ばない俺のせい

なのか。


「ん…」


 ずっと眠り続けていた父さんの瞼がピク

リと動く。

 それを察したようにクロードは“ほな、

またな”と片手を上げて玄関を出ていった。

 玄関の思いドアがゆっくりと閉じると兄

貴が深く長い息を吐き出す。

 同時に体の緊張も解いたようで、兄貴が

ようやく全身の力を抜いたのだとわかった。


「駆」

「何?」


 苛立った声に一瞬怒られるかなと身構え

てしまったけれど、続く言葉がない代わり

に唇を塞がれた。

 驚いて肩を震わせた俺にそれ以上のこと

をするつもりはなかったのか、ゆっくりす

ぎる間があったもののすんなりと唇が離れ

た。


「隙がありすぎです。

 当分、登校なんてさせませんよ」

「だ、だからそれは父さんがいいって」

「ダメです。

 自宅謹慎して反省しなさい」


 不意打ちでキスされたら誰だって油断す

ると思うのに、兄貴は俺の言い分を完全に

無視して命令してきた。

 けれど苛立ってはいても先程までのよう

に棘がないのはクロードがこれで帰国する

という確実な事実が兄貴を少なからず安心

させたのせいかもしれない。


「う、ん…。秀?駆?

 えっと…?」


 まるで完全に寝起きみたいに父さんが目

を擦りながら立ち上がる。

 ふと気づいたら、さっきまでいた半透明

の紳士は幻のように消えていなくなってい

た。





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