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悪魔も喘ぐ夜
*


「帰国するから空港へ見送りにでも来いと

 でも言われたんでしょう?

 駆が考え無しに出ていけば、そのまま拉

 致されて国外逃亡なんて容易いんですよ」


 兄貴の言葉で頭の中にパスポート、連れ

て帰ると言っていたクロードの声を思い出

す。

 不可抗力とはいえ俺は昨日まで部屋から

まともに出られなかったし、クロードから

の連絡手段も絶たれた状態にあった。

 クロードが俺を強引にイギリスに連れ帰

れる手段がある状況で、俺が嫌だと言った

らクロードは俺の意志を尊重してくれるだ

ろうか?


「……」


 正直なところ、分からない。

 日々の忙しさと俺と音信不通だった苛立

ちは、きっとあるだろう。

 その原因は元を辿ればクロードにもある

わけだけど、そもそも俺が変な気を起こさ

なければこんなことにはなっていない。

 そこを踏まえた上で、クロードはどれだ

け俺の言い分を聞いてくれるだろうか。

 ちょっと考えて、しかしいつも自分のペ

ースに巻き込んでくるクロードが俺の言い

分を聞いてくれる姿が想像できなくて心の

中で小さく唸ってしまった。


 ピンポーン


 そんな俺の耳にチャイムの音が飛び込ん

できた。

 こんな朝から来客なんて珍しい、と思う

より早く麗が俺に駆け寄りぎゅっとしがみ

ついてきた。


「麗?どうした?」


 俺に抱きつく麗の腕が震えている。

 まるで何かを恐れるみたいに。


「絶対に出ないで。

 お兄ちゃんはここにいて」


 震える麗の頭をぽんぽんと掌で撫でる。

 でも抱きついたままの麗は俺のシャツに

皺がつくんじゃないかと思うほどギュッと

握り締める。

 こんなに何かに怯えた麗を見るのは初め

てで、どうしたものかと考えあぐねている

俺の横を父さんが通り過ぎた。

 “こんな朝から誰かな…”なんて呟いて

いたからきっと玄関に向かったんだろう。

 固定電話の傍に居た兄貴がインターフォ

ンの画面に近づいて、その長い指で応答の

ボタンを押した。

 インターフォンの画面がスッと外の風景

を映し出し、玄関のドアの前に立っていた

のは・・・。


「クロード!?」


 その背後に見えるのはこの住宅街には不

釣り合いな横長の黒い高級車。


《この家の電話まで繋がらんかったら、駆

 の救出に突撃するとこやったわぁ》


 先程の会話の冒頭を思い出す。

 クロードは電話が繋がらなかったらすぐ

にでもチャイムを鳴らすつもりだったのだ

ろう。

 そしてそのクロードは午前の便で帰国す

る予定だという。

 今まで音信不通だった俺の無事を確認し

たとして、じゃあその後はどうするつもり

だったのか?と考えたら、兄貴がさっき俺

を詰った言葉がやけに現実味を帯びた。


《駆が考え無しに出ていけば、そのまま拉

 致されて国外逃亡なんて容易いんですよ》


 まさか、そんな…。

 言いたい言葉が喉から出てこない。

 ぎゅうっ


「麗…?」


 俺に抱き着いたままの麗が震えている。

 来訪者の姿を確認して不安が許容量を超

えて溢れ出したのか、俺の胸に顔を埋めた

まま顔を上げようとしない。

 兄貴はそんな俺達に一瞥くれてリビング

から出ていき、俺はどう麗をなだめようか

頭を悩ませながら麗の背中をぽんぽんと叩

く。

 《絶対に出ないで》

 麗はそう言うけど、わざわざ車でやって

きたクロードが俺を見もせずに帰るなんて

考えにくい。

 ましてこのまま空港へ直行して帰国する

というのだから、尚更だ。

 クロードは俺が監禁されたと思ってて、

今リビングを出ていった兄貴とはお世辞に

も仲がいいとは言えない。

 クロードと兄貴が鉢合わせしたら…リア

ルに血の雨が降るかもしれない。

 そのくらいなら俺が顔を出した方が幾分

かマシだと思う。

 クロードだってこれから空港に行かなき

ゃならないのだから、長居するの余裕はな

いだろう。





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