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悪魔も喘ぐ夜
*


『…なおロンドンにあるC&M社本社でも

 同様の不祥事が複数発覚しており、株主

 総会が開かれトップ経営役員らの退任を

 求めていく方向で過半数の賛成で意見が

 まとまり…』


「不祥事?横領って…」


 テレビのアナウンサーが読み上げてるニ

ュースを聞いて呆然と呟いた俺に電話越し

にクロードが小さく笑った。


『あぁ、マスコミが煩いんはイングランド

 も日本も変わらへんな。

 買収前に徹底的に調べ上げて切るもん切

 っとかんからこないなことになるんや。

 俺が指揮とっとったらぬるい審査なんか

 で終わらせんかったんやけど…まー済ん

 だことはしゃーない』


 クロードはカラッとした声で笑うけどそ

の声にいつものような元気はなくて、ここ

しばらく走り回っていたであろう疲労が窺

い知れた。


『ほんでな、こっちのがイングランド本社

 に飛び火して、あっちでもパパラッチが

 役員を追いかけ回して大変なことになっ

 てんねん。

 やから俺もバカンス返上して、急遽帰国

 することになってん』

「え、帰国?」


 クロードの言う事がすぐには理解できな

くてオウム返ししてしまう。

 だがクロードが何らかの形で父親の会社

を手伝っていて、今回の件で本国に呼び戻

されるのだとしたら決しておかしい話では

ない。

 だが…。


「帰国ってイギリスに?ホントに?」

『せや。今朝の便で発つ。

 やから最後に駆の顔見たいなぁって思っ

 てん』

「クロード…」


 ただでさえ覇気のない笑い声に寂しさが

混じる。

 確かにクロードには振り回されたし、人

には言えないような悪戯もされたけど、

“最後に”と言われると少なからず胸が痛

む。

 確かにクロードは学校でクラスメイトに

見せていた顔だけが全てじゃなかったし、

俺に強引な手段を使ったりもしたけど、そ

れでも周囲を巻き込むほど明るくポジティ

ブなクロードが欠けるというのは素直に寂

しいと思う。


『午前の便やし、もう空港に行かなあかん

 ねん。

 その前に…駆に会いたいなぁ』


 初めて聞いた、クロードの寂しげな声。

 その声の余韻がいやに耳に残った。

 いつもなら自分の都合に俺を巻き込んで

しまうくらい強引なのに、クロードらしく

ないと思う。

 呆れるくらいポジティブで、いつでも明

るく笑って…もちろんそれだけじゃないけ

ど、でもそんなクロードだからこそ弱い溜

息のような呟きは胸にくるものがある。


「まだ時間、大丈夫か?

 空港に行く前に学校に寄ってくれるなら

 俺も今から登校するし、どこか別の場所

 がいいならそこでもいいけど」


 “イギリスに帰る前に会いたい”

 今までクロードが俺や兄貴にしてきたこ

とが全部チャラになるわけじゃない。

 でも久しぶりに聞いたクロードの声は後

ろ暗い計算を含まない純粋な願いのような

気がした。


『おおきに。実は…』


 嬉しそうにトーンを上げた声が、突然ブ

ツッと途切れた。

 視界の隅でずっと腕組みして立っていた

兄貴が知らぬ間に固定電話の傍に移動して

いて、その指先で電話のフックを押し込ん

でいた。


「ちょっ、兄貴、電話中っ!」

「相手はクラウディウス家の愚息でしょ

 う?

 聞くだけ時間の無駄です」


 いきなり電話を切られて俺が抗議しても

兄貴は涼しい顔で断言した。

 不機嫌そうな顔で腕組みしながら電話中

の俺をずっと見ているからなんだろうとは

思っていたんだけど、電話の相手が誰なの

か…本当に加我なのかを疑っていたようだ。

 そして俺が話すのを聞いていて相手がク

ロードだと断定できたから一方的に通話を

切った、ということらしい。

 相手が兄貴の大嫌いなクロードだとして

もやりすぎだと思うし、まさかとは思った

けど俺に無断でクロードの番号を着信拒否

設定したのは本当に兄貴なんじゃないかと

勘ぐってしまう。


「だとしても、勝手に電話を切るなよっ」

「他人の名を騙ってかけてきた電話の内容

 なんて聞かなくても良からぬことだと察

 しくらいつくでしょう」


 怒りと勢い任せで兄貴を非難する俺を兄

貴はあくまで冷静に退けようとする。

 まるでお見通しだとでも言わんばかりに

兄貴はメガネ越しにスッと目を細めた。





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あきゅろす。
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