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悪魔も喘ぐ夜
*


 するとタイミングよく玄関のドアが開く

音がする。

 どうやら兄貴が塾から帰ってきたらしい。

 コンロに火をつけようとした手を止めて

廊下へのドアを開き、二階の自室へ向かう

足音に声をかける。


「兄貴、お帰り。

 もう夕飯できるから、着替えたら降りて

 きて?」

「…ただいま。

 わざわざ呼ばれなくても行きますよ。

 でも突然どういう風の吹き回しですか。

 今まで僕を避けていたでしょう」


 相変わらず氷の表面に水の張ったような

表情が言葉を突き返してくる。

 俺は笑顔が引きつりそうになりながら言

いたくなる文句をぐっと飲み込んだ。

 今まで何も言えなくて兄貴の気遣いをは

ねつけていたのは事実だから。


「それは…謝るから。

 話したいんだ、色々。

 今まで言えなかったことも含めてこれか

 らのことを」


 兄貴の静かな目が階段の途中から俺を見

下ろしてくる。

 無言でじっと見つめ合った後、その視線

からふっと解放された。


「着替えたら、行きます」


 嫌味の追撃があるかと思ったのに、兄貴

はあっさりと二階へ上がっていく。

 身構えていつの間にか止まっていた息を

ゆっくりと深く吐き出す。

 だが安堵などしていられない。

 俺のしようとしている勝算の見えない悪

あがきなんて思う存分こき下ろしてくれる

だろう。

 でもそれでも足掻きたいのだと、我儘を

承知で兄貴を納得させなきゃならない。

 納得してくれなんて無茶は言わないから、

せめて俺の考えを理解だけしてほしい。

 まぁそれだって兄貴相手じゃ充分に無茶

だけども…。

 しかし弱音なんて吐いていられない。

 俺が悪足掻きの末に望む未来はきっと誰

よりも強欲だから。


「よっし」


 とりあえずは晩御飯だ。

 俺は作りかけの晩御飯を完成させるため

にキッチンへ戻った。







「……」

「……っ」


 俺の言い分を黙って聞いていた兄貴が口

を開かない。

 しかし腕組みしたまま俺を睨む視線は氷

のナイフのようで、目が合っただけで切り

裂かれるような心地のするその視線から目

が離すことを許されずにいた。

 1を言えば100のダメージを与える言

葉を10吐くような性格の兄貴が、押し黙

っている時は本気で怒っている時だ。

 呆れも苛立ちも取り越して、もう頭の芯

から怒っている時には無言になるタイプだ。


 いや、わかってたけど。

 わかってたけど、さ…。


 何か言って欲しい。

 何か言ってくれたら謝罪でも反論でもで

きるけど、無言の視線に突き刺されたまま

では何もできない。





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