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悪魔も喘ぐ夜
*


 パタン


 返答に迷っているとリビングの方から兄

貴が出てきた。

 扉の間から漏れた匂いで夕食が出来上が

っていることを察する。

 麗に抱き着かれている状況なんて少し前

までなら露骨に睨みつけて嫌味の一つや二

つは言い残していたのに、まるで興味のな

いものみたいに一瞥しただけで声すらかけ

ずに兄貴は目の前の階段を上っていった。

 何も言われてなんかいないのに、何か言

われるよりずっと苦いものが胸の内いっぱ

いに広がる。

 兄貴はここ最近ずっとこんな調子で…正

確に言えば俺が兄貴の反対を押し切って登

校した日からこんな調子で、それから仲直

りも言い訳もできない状況が延々と続いて

いる。

 兄貴がまるで俺をいないもののように無

視し、麗が俺を心配しながらも何かを察し

ていて何かを言いたげにしているけれども

何も言わない空気。

 もうそれだけで居心地が悪く胸が潰れて

しまいそうだ。

 母さんと言う支柱を失ったこの家はこん

なにも居心地が悪かったのかと…いや、そ

んなのは言い訳なのは分っている。

 母さんがいなくなって不安なのは家族全

員同じだろう、程度に差があっても。

 だけどそうじゃなくて、お互いを守りた

いが故の行動が互いを傷つけあっているの

が解っているから余計に辛い。

 けれどもきっと皆が妥協できない一線を

それぞれに抱えていて、だからこそ歩み寄

れない軋轢が更に互いを傷つけて溝を深め

ていく悪循環に陥っている。


「何でも、ないから。

 それとも何か気になることでもあるの

 か?」

「それは…」


 結局何も言い出せずに苦笑いで麗に返す

と、今度は麗が何かを喉に詰まらせたよう

に返事を濁している。

 罪悪感が胸を締め付けるけれど、全てを

明かせないなら何も言わない方がいいと判

断した。

 何故香りを残して帰ってきたのかと問わ

れればクロードのチェックの話をしなけれ

ばならないし、その理由を知れば麗がまた

苦しむだろう。

 俺が黙ってクロードに体を差し出してい

れば済む話なら、それでいい。

 これ以上俺のせいで兄貴にも麗にも負担

を負わせたくないから。


「何もないなら、もういいよな?

 バドミントンしてきたから汗かいちゃっ

 たし。

 先にシャワー浴びてくる」


 まだ何か言いたげな目で見てくる麗の腕

をそっと下ろさせて、着替えをとりに2階

への階段を駆け上がった。





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あきゅろす。
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