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午後の世界史の授業は視聴覚教室でのビデオ鑑賞だった。
ただでさえ眠い授業なのに、ただ映像を見せられているだけとなれば、昼食後で腹が満たされているということもあり最高の睡眠薬となる。

クラスメイトたちはほぼ例外なく机に伏せているし、担当教師のカーメンさえも椅子に座りながら船をこいでいる始末だ。
ならば自分もありがたく昼寝の時間にさせてもらおうと机に頬杖をついたときだ。


(へー、珍しいな)


ふと隣を見ると、当然起きて真面目に鑑賞しているのだろうと思っていた月森は、腕を枕にしこちらに顔を向けて眠っていた。

こいつの寝顔をじっくりと見る機会なんてそうはない。
一緒に寝た日の翌朝も、いつも月森の方が先に起きていて、俺が目を覚ます頃には着替まで済ませてしまっているからだ。

無防備に眠る月森の表情は、普段の妙に大人びて達観した雰囲気がなく、どことなくあどけなさも見え隠れする。


(いつもの美人系もいいけど、こういう顔も結構好き、かも)


ビデオなど初めから見る気はなかったが、昼寝は家に帰ってからでも出来ると予定を変更。
レアな月森をじっくりと堪能出来るまたとないチャンスなのだ。

じっと見つめていると、やがて居心地悪そうにもぞもぞと腕を動かした。
顔の向きを変えられてしまってはつまらないと、そっと頭に手を添える。


「ん………」

(起きる、か?)


内心ひやひやするも、月森は僅かに瞼を動かしただけですぐに元の寝顔に戻る。
ほっとしたのも束の間、ちょうどビデオの場面が切り替わったようで、BGMが大きくなった。

正直俺自身も驚いて月森を見ると、相当熟睡しているのか目覚める気配はない。


(そんなに疲れてんのか…)


自分たちとは違い、12体ものペルソナをストックしているのだ。
疲れないはずがない。


「……ょ…す、け」

「…え?」


熟睡していると思っていた月森の口から漏れた自分の名前に、どきりと心臓が跳ねた。
顔の前で手を振ってみるが、どうやら起きてはいない様子。


「寝言…?」


寝言に返事をしてはいけないと昔誰かに聞いた気がするが、自分が登場しているとなれば内容が気になる好奇心には勝てない。


「…月森ー」


せめて良い夢であってほしいと願いながら、小声で呼んでみた。
だがいつの間にか眉間に皺を寄せていた月森は、さらに苦しそうな表情になる。


「陽、介…」


今度こそはっきり聞こえた俺の名前を呼ぶ声と月森の表情に、何やら芳しく無い内容の夢であることを窺わせる。
ならば起こした方がいいのではと考えている間にも、月森は苦痛に耐えるように顔を歪める。


「おい、月森?大丈夫か?」


さすがに見かねて体を揺すり起こすと、月森は本当に飛び上がりそうな勢いで跳ね起きた。
俺を見て、ひどく驚いたように目を見開いた。


「……どした?」

「…あ、いや……ごめん」

「顔色悪いぜ?」

「うん…、夢、見たんだ」


月森は一つ深呼吸をする。


「どんな夢だったんだ?」

「…陽介に、首絞められる夢」

「えぇ?!」


呟かれた物騒な言葉につい大きな声を上げてしまう。
慌てて周囲を見回すが、誰もこちらに注意を向ける様子はない。


「な、なんで?」


分からない、と首を振る月森。


「突き飛ばせば良かったじゃんか」

「陽介の後ろは地面が途切れてて、俺が抵抗したら陽介が落ちる」


だからどうしようもなかった、と月森は苦笑を浮かべる。


「おま…どんだけ優しいんだよ。殺されかけてんだぞ」

「でも、陽介に目の前でいなくなられるのは嫌だから」


それを聞いて、もしかして、と思う。
月森がいつも俺より早く起きているのには、そういう理由があるんじゃないかと。

実際言ってみると、月森は恥ずかしそうに笑って、気付いてたのか、と。


「…これからはちゃんと、抱き締めて眠ってやるから」


だからお前もいなくなるな。

月森は目を数回瞬かせた後、キザだな、なんて言いながら俺の肩に頭を乗せた。



寄り添う眠りに悪夢は見ない
(今度こそ、良い夢を)
(今日に限って、授業の終りがこんなにも早くて恨めしい)


あきゅろす。
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